ー まずは「MEZZANINE」というタイトルに込めた意味を教えてください。
直訳すると中二階という意味の言葉です。ストリートレベルだとなかなか見えないことかがある、ビルの屋上からだと遠すぎる。鳥の眼と虫の眼の中間、中二階くらいの高さから街をみるのがちょうどいいだろうと思って命名しました。実はここだけの話ですが、もう一つ背景があって、僕の好きなイギリス、ブリストルのダビーなアーティストでマッシブ・アタックというバンドがいるのですが、98年の彼らの名アルバムタイトルからつけました。これは絶対に秘密です(笑)。
ー 僕も吹田さんの同世代になりますので、レディオヘッドなど当時のイギリスの音楽は大好きです。
80年代には新宿のツバキハウスというニューウェイブのディスコに週一で通勤していました。いろいろ学ばせてもらったから通学でしょうか。
ー 西新宿ですと、僕は新宿レコードやシスコなどのレコード屋に よく行っていました。あの当時はニューウェイブ系、フォーク・ロックの音楽をよく聴いていました。
ペイル・ファウンテンズやマリンガールズ、ヘアカット100あたりですね。もちろん僕も大好きでした。
ー MEZZANINE最新号はポートランド特集です。近年ではポートランド紹介の先駆けとして吹田さんのお仕事は知られていますが、イギリスの音楽好きな吹田さんがどのような経緯でポートランドに注目されたのでしょうか?
僕は街づくりというより、端的に言って都市の進化や都市経済に関心があるんです。地方の疲弊したシャッター街をどうしようかと相談を受けても、正直手に負えない。一時の瞬間的な賑わいを作るだけといった無責任なことは絶対にしたくないですしね。僕らが海外を含めた先進事例から、様々なヒントをもらえるように、都市における創造的な試行錯誤も、地方に対して何らかのヒントになるのではないかという、言い訳がましいですが、そんな思いで都市開発の仕事をしたり雑誌を作ったりしています。ポートランドの話でしたね。ポートランドは、アメリカコロラド州のボールダーに行く途中でたまたま立ち寄った街にすぎませんでした。目的地はロハス発祥の地、ボールダーだったんです。
ー それがいつの頃ですか?
2007年です。成田からシアトルに行き、バスでポートランドへ、それから内陸に入ってボールダーというツアーでした。経由地である ポートランドに到着し、パール地区という都市再生地区にバスが停留し、30分の視察時間が与えられたんです。それでふらりと街を歩いたら、まんまとこの街の魅力にやられちゃったわけです。ファーマーズマーケット、アルチザンリテーラー、DIY文化、サードウェーブコーヒー、クラフトビール、コミュニティエンゲージメントなんてのはどうでもよくて、街の雰囲気が超イケてたんです。もとは鉄道の操車場で、東京でいえばかつての汐留みたいな場所でした。だからいたるところに築100年以上のウェアハウスがあって近代的なビルとのコントラストが刺激的だった。ビルの一階は店舗かギャラリー、しかもナショナルチェーンよりも見たことのない地元の店がやたらと目に入り、歩くとすぐに交差点というウォーカビリティぶり。車もあるけど自転車も多い。この街はただものではないぞと興奮し、その場ですぐに森ビルに勤めている友人に、「ポートランドって知ってる?」って国際電話したくらいです。
ー 当時、日本ではポートランドはアメリカの一地方都市程度の認識でしたよね。
そうそう。東海岸メイン州のポートランドの方がリッチなリゾートタウンとして知られていたんじゃないでしょうか。
ー 先程ポートランドの魅力にやられたとおっしゃっていましたが、 当時のポートランドのどんなところにハマったのでしょうか?
都市好きのあいだでは古くから知られた話ですが、「豊かな街になるための4つの要素」というものがあります。アメリカのジャーナリストで運動家の女性が、1961年に出版した著書の中で披露したコンセプトです。ひとつめは、古い建物と新しい建物が混在していること。どういうことかというと、若いアントレプレナーたちはまだ財力的には厳しいので、新築の賃料の高いビルには入居が叶いません。でも、街としてみた場合、大企業やオールドスクール企業だけがいるビジネス街には未来がない。経済の健全性を保つためには、人間と一緒で新陳代謝が不可欠ですからね。だからスタートアップたちが入居できるような家賃の高くない古いビルも存在していなければならない。豊かな街となるためには、古い建物と新しい建物が混在していることが重要というものです。ふたつめは、街を歩いていて曲がる機 会が頻繁にあること。なぜならば曲がることで人と出会う確率が高まる、あるいはコーナーが多くあることで人は歩くことにストレスをさほど感じなくなる。どこまでも続く真っ直ぐな建物の壁の道だと、歩くことが嫌になりますよね。街を舞台とした人間の営みが活発に展開されるには街区が短いことがいいとされています。3つめは都市におけるある程度の人口密度です。人と人が出合う機会が高まり、出合うことで相互作用、いまで言うところのイノべーションが起こりやすくなります。 4つめは2つ以上の都市機能が混在していること。たとえば、オフィス単機能の街はアフタ−6や週末はガラガラになりますね。住宅街も大人が通勤して日中街にいなくなると、閑散としていて殺伐となりがちです。そうした環境では同調圧力や同質社会化、いわゆるムラ化が起こります。あるいは70年代に日本の首都圏の郊外に開発されたニュータウンは一斉に居住者が高齢化して今困っていますね。働くところと住むところ遊ぶところが混在することで、その街は時間、曜日に偏ることなく重層的に使われる街になります。これら4原則は、我々は皆本で読んで、頭の中では知っていたんです。でも身体的実感をした経験はなかった。それが、何とポートランドという街に全部実装されていたんです。長くなりました(笑)。
ー 2007年当時、世界はポートランドに注目していたのでしょうか?
当時はわかりませんが、パール地区はいまとなれば、米国で最も成功した都市再生事業のひとつといわれています。いまでこそ、向こうに友人も増え、話を交わすことで、この人たちあってのポートランドの魅力なんだと気づかされますが、当時の僕にとっては街並みだけでした。街には、コマーシャルな要素が少なく、どこか緊張していて、だけど人々の格好はローキーで、つまり東京やL Aのような消費都市とは明らかに違う、初めて感じる独特の気配が漂っていました。それでマッシブの曲を聴いた瞬間みたいに、とにかくやられちゃったわけです。この魅力の源泉は 何なんだろうとロシカルに因数分解して自分なりに腑に落としたいと痛感しました。それで1年の時間をかけて誰に会いに行けばいいのかデザインをしてアポをとって、2008年に取材に再訪しました。「バビロン再訪」です(笑)。実際にいろんな人たちの話を聞くと、ますますこの街は只者ではないなということか分かるのですけれど。
ー それはどのようなムーブメントだったのでしょうか。
たとえば、当時会った多くの人の口から決まって出てきた言葉があります。それは「ローカル」です。それと「ネイバーフッド」。口を開ければグリーン、ローカル、そしてネイバーフッド。ラグジュアリーブランドより地元のアウトドアショッブ、大手コーヒーチェーンより地元のコーヒーショップ、つまりグローバル時代に突入して、いよいよ彼らはローカル志向と環境共生志向を強めたのです。しかもどうやらそれは、偏屈でイノセントな地元贔屓というよりも、その方がクオリティの高い生活がおくれるからという理由であることに気づきました。これは当時の僕とは、ものさしがまったく違うぞと思って、こりゃ大変だと慌てたことを覚えています。
ー 日本でそれらのキーワードが一般的になったのは、震災以後でしたよね。東京がそれまで思っていたようには機能しなくなって、 それでやっと東京さえもがローカルだと気づいたという。
ただし、ポートランダーの場合、中央と地方という感覚とも違うのかもしれません。中央と地方といった場合、そこには何かしらのヒエラルキーを感じますが、ポートランドの人たちには、さほどそれを持たないように見受けられます。ポートランドが面白いのは、その場所を積極的に自分で選んで暮らしている人たちが圧倒的に多いことです。彼らはポートランドに移住してきた人たちで、ここだったら自分の可能性を最大限にエンパワーメントできると思って移住してきています。だから自立してるんです。その上で積極的に街や人々と関わるわけです。そういう意味で僕とは価値観がまるで違うなと改めて思いました。
ー 一昔前のローカルとは考え方が違うのですね。
地方という意味ではなく、わが活動舞台としてのネイバーフッド、それとあまり使いたい言葉ではありませんが、コミュニティという意識です。震災後の日本で盛んに言われたのは繋がるコミュニティ、 帰属や包摂のコミュニティですが、彼らの場合は同じコミュニティでも 目的達成するために必要に応じて繋がるコミュニティ、自立した上で連携するコミュニティです。もちろん、前者のコミュニティも大事です。でも僕がしびれたのは、彼らの自律性と創造意欲、チャレンジスピリットの方でした。
吹田さんのお話はいかがでしたでしょうか?次週公開の後編では吹田さんのこれからのライフワークともいえる雑誌「MEZZANINE」について、さらに深く伺います。
<後編に続く>
写真と文=加藤孝司
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