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知の集積としての本や街という存在

知の集積としての本や街という存在

古本屋をはじめるという衝動

ー 森岡書店を始めたきっかけを教えてください。

現在は銀座にお店がありますが、その前には茅場町で森岡書店を8年間やっていました。その前には神田神保町の一誠堂書店という老舗古書店で8年間働いていました。その時は独立するつもりはあまりなくて、神保町がとにかく大好きでしたので、定年までそこにいるつもりでした。そんなある日、茅場町に出かけたときにとても素敵なビルに出会い、そこに入ってみたところ、これもとても素敵な古道具屋さんがありました。そのお店の入り口に閉店の貼り紙がしてあって、その時にここで古本屋をやろうという衝動が走りました。

ー それが森岡さんの転機になったのですね。

その思いに歯止めが利かなくなりました。自分のお店を開くという妄想がどんどん膨らんでいき、お店をオープンすることになりました。おもむきのあるビルのとても素敵な一室でしたので、ここで本屋を開いたら、お客さんもきっと喜んでくれるという確信というか「勘」しかありませんでした。

ー 貼り紙に出会ってオープンまではどのくらいだったのですか?

貼り紙を見たのが2006年の1月でその年の4月に退職して、7月1日に森岡書店を開店しました。その間約半年弱くらいですね。実は昨年で10周年を迎えることができました。

ー おめでとうございます。森岡さんにとってそもそも本とはどのようなものですか?

もちろん本は好きなのですが、それと同時に本が集積している神田神保町という街が昔から大好きで憧れをもっていました。それでいつしか神保町で働きたいという思いを持つようになりました。神保町には今も100軒ほど本屋があって、そんな街は世界的にみても東京以外にあまりないのではないでしょうか。

ー そういった意味で神田神保町という街自体が、「知が集積している場所」でもある訳で、そういう磁場に惹かれたということだったのですね。

おっしゃる通りです。今風の言葉でいえば、古本というものがもつメディア性、存在感に惹かれて神保町で働き始めたんです。先ほども言いました通り、もちろん本は好きなのですが、自分で本屋を始めたきっかけは、神保町という街が好きだからという所が大きいように思います。

ー 興味深いですね。本もそうですが、あるものが形になった時点でそれはある種の「過去」になりますが、その同じものを「情報」と捉えると、それを読んだり、咀嚼することで新しいものが生まれるきっかけにもなるように思います。

そうなんです。本の面白いところはそれです。もちろんそこに書いてあることは情報には違いがないのですが、本を読んだり、調べものをしていても「消費」した感じが私はしません。それにくらべてウェブで調べものをしていると、どこか時間を消費していると感じることがあります。その違いは何なのでしょう。それは自分の世代観なのかもしれませんが、本とウェブにはそんな違いがあるように個人的には思っています。

ー 確かに本を読んでいると、知を蓄積していっている感じはありますね。そういうふうに見てみると本にはまだまだ可能性があるように思います。

ですがインターネット全盛の今の時代の子供たちが大人になる頃には、彼らの世代にとってはまた違う感覚になるのかなあとは思います。

ー 森岡さんは、神保町、茅場町、銀座という街で本にまつわるお仕事をされてきましたが、森岡さんが感じる「街」の魅力とはどのようなものでしょうか?

神保町に関しては、古書店の店先にたくさんの本が積まれている風景にはなんともいえないいい佇まいがありますよね。街の魅力は人の魅力でもあって、神保町という街では、今の自分の礎となる人に出会うことができて、遊び方や「たしなみかた」を教えていただきました。その方は松村書店の松村さんという方なのですが、蕎麦の食べ方や、お酒の呑み方、寿司の食べ方などを教わりました。松村さんが言われて印象に残っているのは、人間にとって大切なことは、小学校の教室に貼り紙がしてあるような、「誠実」「朗らか」「素直さ」だよという言葉でした。それはいわゆる受験勉強では身に付かないことだけど、とても大切なんだよとよくおっしゃっていて今でもよく覚えています。

一冊を売る本屋という場所と人をめぐる「場所」

  • 冊を売る本屋という場所と人をめぐる「場所」
  • ー 一冊を売る本屋を始めたきっかけを教えてください。

    銀座の前の茅場町で本屋とギャラリースペースという形でやっているときに、年間何回か新刊の出版記念イベントを行うことがあったのですが、その時その新刊に対してとても多くのお客様がいらっしゃいました。皆さん著者の方の新刊本にとても期待をされていて、実際本もとてもよく売れました。共通の好みを持ったお客さん同士や、在廊されていた作家さんとの会話も弾んでいて、そこにはとても豊かな時間が流れていました。そんなある日、「ウチは本屋だけど、この一冊だけがあればいいのでは」と思うようになりました。そんなことがきっかけでした。

ー 本屋のお仕事以外にトークイベントへの出演や、本やコラムの執筆もされていますが、神田錦町ではテラススクエアフォトエキシビションの企画にも参加されています。この写真展で伝えていきたいことを教えてください。

日本は世界的にみても写真集大国として知られています。オフィスビルのエントランスで行う「テラススクエアフォトエキシビション」が、その日本の写真文化の豊かさの表れであって欲しいと思っています。あそこに行けば、今のいきのいい新しい写真が見られる、と思っていただけるような場所であり写真のエキシビションに育てたいと思っています。そういった意味では日本の現代写真を伝える場所としてとても可能性があると思っています。

ー 森岡さんは本と人をめぐる場所もそうですが、一冊の本を紹介するという世界的にみても希有な書店を開くことで、本をめぐる新しいニーズを生み出してこられました。ご自身でこれからやってみたいことがありましたら教えてください。

今いろいろとアイデアを考えているのですが、しっかりとしたライブラリーが中核にあるホテルをやってみたいです。それと日本の現代工芸を系統立ててコレクションをする工芸美術館の設立など、工芸の分野での貢献もしていきたいと思っています。最近もうひとつ、100年前の状況を再現したブックカフェという妄想をしています。それは毎日、ちょうど100年前に発行された新聞や雑誌などの出版物が届くブックカフェです。現代のような情報が目まぐるしく変化していく時代にあって、つねに100年前が進行しているブックカフェがあったら面白いと思いませんか?場所は万世橋と神田駅の間、神田須賀町の中央線のレンガ造の高架下みたいな雰囲気のある場所で出来たら楽しいですね。

森岡督行(森岡書店店主)
森岡督行(もりおか・よしゆき)
森岡書店店主。
1974年山形生まれ。8年間の神保町古書店勤務を経て、2006年7月茅場町に森岡書店をオープン。
2015年、「一冊の本を売る書店」をコンセプトに銀座に移転。雑誌への寄稿や講演会への登壇、「BOOK OF JAPAN 1931-1972 日本の対外宣伝グラフ誌」(ビー・エヌ・エヌ出版)、「荒野の古本屋」(晶文社)、「東京旧市街地を歩く」(エクスナレッジ)など著書多数。