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日常の感覚を研ぎすました存在としての
アスリートについて(前編)

日常の感覚を研ぎすました存在としてアスリートについて

トップアスリートとしての輝かしい経歴から、引退後におけるジャンル横断的な活動で注目を集め続ける元プロ陸上選手為末大氏。最近では今年の2月から2121デザインサイトで始まった展覧会「アスリート展」の共同ディレクターを務め、新しいアスリート像を提示している。
時間や空間を私たちとは異なる次元で見つめているように見えるアスリートの視点や精神性を知ることは、より速く、より高みを目指すスポーツの分野だけではなくあたりまえの日常にもヒントとなることが多いのではないだろうか?スポーツ、働くこと、社会、まちづくりなど、為末さんが今考えていることを伺った。

トップアスリートの精神性

ー 為末さん自身、オリンピック三大会連続出場など、身体の限界まで現役として走り続けてこられましたがそれを支えた精神性とはどのようなものだったのでしょうか?

まずアスリートの心の持ちようというのは、その時々によって変化するものです。小学生の頃の「ヒーローってかっこいい」というような純粋な憧れが、ある時期から実利が伴うようになってきます。例えば、スポーツを頑張れば大学に進学できる、就職ができるということであったり、人によっては名誉や地位、金銭的なものが目的になることもあります。さらにそれを一定量超えると、そもそもなぜ自分はこれをやっているのかと思うようになるわけです。僕自身ほかのアスリートたちと少し異なることがあるとすれば、現役時代の途中から競技以外のことをやりたいと真剣に思い始めたことです。多くのアスリートは競技に意識が向かうのは当然のことですが、僕の場合は競技の技を極めるのと同時にそれ以外の人生をみていたところがありました。

ー なぜそのような思考になったのでしょうか?

競技は子供の頃から長年関わってきたことですので、あらたに一から始める他のことに比べてその本質に触れる可能性が高いものでしたので、それを極めたいという思いは人一倍強くありました。それを支えたのは、アスリートとして自分がどこまで行けるのかを自分自身が見てみたいという思いでした。

ー 為末さんにとってはハードル競技がそれだったのですね。

はい。ですが始めのところは、他の競技でも、スポーツでなくてもなんでも良かったんだと思います。とにかく真髄に触れたいという思いが強くありました。

ー 先程のお話にもありましたが、競技以外に目を向けるようになったのはいつの頃からでしょうか?

学生時代にハードルを始めて23歳で大阪ガスという会社に入りました。結局1年で辞めてしまうのですが、その時に仕事ってなんなのだろうと考えたことがありました。社会人になっても競技をやっていると会社のことに関わることはあまりなかったのですが、同期が海外出張に行くのをみたり、競技者人生はわずかですので、自分もいずれは会社の仕事をするようになるんだとそのときは漠然と考えていました。それから徐々に将来自分が仕事をするならどんなことをするんだろうと、競技を続けながらも真剣に考えるようになりました。

ー プロになってからはエージェントに所属し、個人で海外遠征などにチャレンジすることも増えたそうですね。

プロになると社会人のとき以上に競技以外のことに触れる機会が増えるようになるのですが、僕の場合はとくに人と会う仕事が多くなりました。18歳まで生まれ故郷の広島にいて、アスリートのステージが上がるに従い日本にだけいてはだめだと思うようになり、自分から世界に出ていくようになりました。エージェントに所属をしていると、どこそこで試合があるから行ってとスケジュールをはめこまれるわけです。ですが今はわかりませんが、サッカーなどの人気スポーツとくらべて陸上の場合それほど賞金も多くなくエージェントが細かく面倒をみてくれるわけではありませんでした。自分で準備することもたくさんあり苦労もありましたが、現在の仕事に通じる海外に行かなければみえなかったこともあり、その環境は自分には合っていたと思います。

日常の感覚を研ぎすました存在としてアスリートについて

ー 現役時代にはオリンピック三大会連続出場などいつもメディアで拝見していたのですが、競技を続ける上でオリンピックは大きなモチベーションになったのでしょうか?

結局叶わなかったのですが、オリンピックでメダルを獲ることは選手を続ける目標であり、大きなモチベーションにもなりました。

ー それを支えたものはなんだったのでしょうか?

それを支えたのはモチベーションと同時に、先程のお話にも通じるのですが「指向性」がある気がしています。モチベーションは選手において日々変化していくものです。僕が考える指向性というものは、簡単にいえばその人が生まれもっているもののようなものです。僕自身、とにかく見たい知りたいという探究心が強く、それが陸上競技においては、世界レベルに到達したい、ということでした。そもそも陸上選手においては、ひたすら走りたいという人と、自分が今何をしているのかを理解したいと思う人の2種類あると思っています。前者の場合は自分であれこれ考えるよりも、理論的なことはコーチに丸投げして、自分は実際の競技に集中したいという人です。

ー 為末さんはプロに転向後はコーチにつかなかったとお聞きしましたがそれはなぜでしょうか?

僕は「理解すること」に興味があり、二本の脚がついた物体が速く走るということがどのようなことかということを知りたいと思っていました。先程コーチにつく人は競技に集中したいからなのではと言いましたが、だから僕はコーチにつかなかったのかなと思っています。

ー そもそもコーチにつかないトップアスリートは多いものなのですか?

いることはいるのですが、高いレベルになるほど珍しくなると思います。僕のようにまったくいなかったというのは、当時は確かに珍しかったと思います。

ー それはコーチにつかないことのリスクよりも、その可能性にかけたということでしょうか?

モチベーションと指向性の話でいえば、勝負に優位か不利かといえば、コーチにつかないことはもしかしたら不利の方が可能性としては大きかったと思います。どんなことでもそうなのかもしれませんが、やはり第三者の立場からフィードバックを受けることは重要ですし、そういった意味では自分一人で経験できることには限りがあります。ーチには何十年という蓄積があり、経験則の量が違います。それはアスリートの短い競技人生においてはものすごくプラスになるんです。僕の場合は理解したということが現役と続けるうえでも深いモチベーションになっていましたので、理由を知らずに勝つことは意味がないわけです。ですので、勝つためだけに競技をしていたとしたらコーチをつけていたかもしれませんね。

ー そのやり方は他の選手にも勧めますか?

いや、勧めませんね(笑)。僕が好調な時にはコーチをつけないことが一部では流行ったり、理論的な話として実際にそのように言われたこともあった。ですが、何を求めるかの違いもあり、それは一概には言えないことだと思います。でもスポーツ選手にとって最大の課題は競技人生が短いということです。陸上の場合、ピークは5年程度といわれています。それを考えるとコーチをつけた方が効率はいいのではないかと思います。

為末大(スプリント種目の世界大会で日本人初のメダル獲得者)
為末大(ためすえ・だい)
1978年広島生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人初のメダル獲得者。シドニー(2000年)、アテネ(2004年)、北京(2008年)の3大会連続でオリンピック出場を果たす。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2017年5月現在)。スポーツに関する事業を請け負う「株式会社侍」の代表を務める。著書に『走る哲学』(扶桑社)『諦める力』(プレジデント社)など多数。

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知の集積としての本や街という存在

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