旅の道しるべ
根本絵梨子インタビュー
2024.9.06

写真を撮ることそのものがある種の行動を伴うものだが、大自然の中を何日もかけて歩き、その過程で写真を撮るということはどのようなことなのだろうか?現在テラススクエアで個展が開催中の根本絵梨子氏は今回、自身の旅であるニュージーランドはテ・アラロアの途上で撮影したものたちを展示作品として選んでくれた。新たなロングトレイルにでていた根本氏にメールでインタビューを試みた。写真とは、ロングトレイルとは、そして彼らの聖地のひとつであるテ・アラロアとはどのような意味を持った場所であるのだろうか。

写真を撮りはじめたころのこと

ー 根本さんが写真を撮るようになったきっかけを教えてください。現在では自然の風景やポートレート作品などを中心に撮られていますが、写真を始めた頃はどのような写真を撮っていましたか?写真を撮る上で影響を受けたものも教えてください。

子供の頃に家にフィルムカメラやコンパクトフィルムカメラがあったので、スナップ写真は良く撮っていました。父が撮る家族のスナップ写真や星の写真が好きでいつもアルバムを見ていました。祖母の家の古いアルバムも大好きでした。自分でカメラを初めて買ったのは大学生の時です。海外にも行くようになり、基本的には日常のスナップ、旅の写真を撮っていました。フィルムカメラがまた流行った時期でもあり私もフィルムカメラを始めたところ、父が昔使っていたカメラを譲ってくれ、一眼レフの映りに感動して写真にのめり込みました。

ー 大学では建築を学ばれたそうですが、現在のフリーのフォトグラファーになる前にはどのようなことをされていましたか?

大学では建築デザインを学び、趣味で写真を撮っていました。海外にも興味があり、一年オーストラリアで語学を勉強しつつ写真の専門学校にも通いました。卒業後は建築の道に進むつもりで就活していたのですが、心の奥底にフォトグラファーへの憧れも捨てきれずにいました。そのタイミングで大地震が起き、一番やりたい事に挑戦しようと写真の道へ進む事にしました。

ー 個人的には写真を本格的に始める前に建築デザインを学ばれたことに興味をもちました。すぐに独立されたのでしょうか?

高校生の頃にファッショブランドのコンセプトブックや、ルックブックに感動して憧れていたので、当時はファッションのフォトグラファーを目指していました。そして都内のスタジオで2年半働き、そこでフォトグラファーのアシスタントを2年、その後フリーのフォトグラファーになりました。

ー 登山やトレッキング、ロングトレイルをするようになったのはいつからでしょうか?

記憶にはありませんが1〜2歳の頃にはすでに山登りには連れて行ってもらっていたようです。物心がついた時にはすでに登山や海、キャンプ、山菜取り、きのこ狩りなど自然の中に連れて行ってもらう機会は沢山ありました。 自分の意志で登山を積極的に始めたのは9年前でした。ちょうどフォトグラファーのアシスタントをやめる前で、時間をなんとか見つけて行っていました。フリーになってからは山へ行く時間が増え、気持ちのリセットのために行っていたところから、自然の美しさに気づくようになり、この風景をちゃんと撮らなきゃ!と中判フィルムカメラを買い、2017年の夏に山小屋で働く事にしました。

ー 海外にも頻繁に行かれているイメージですが初めて訪れたのはどちらですか?海外と日本、心持ちに違いはありますか?

海外の山に興味が湧き、最初に行ったのはヒマラヤでした。心持ちは、海外の方が長い期間で行くことが多いので登山というより冒険や旅の感覚に近いというのが違いでしょうか。

ー なるほど。興味深いですね。登山やトレッキングにのめり込むようになったきっかけと、根本さんにとっての(自然の中を)歩くことの楽しみを教えてください。

都内で忙しく働いている時に連れて行ってもらった、八ヶ岳2泊3日テント泊縦走がのめり込むきっかけだったと思います。元々自然が好きだったのだとは思いますが、都会の生活とのギャップがあったからこそ気づけたことというか。体力的に大変なことはありますが、自然の中に行くと頭の中も身体もリセットされる感覚があります。

ー 今回の展示作品について教えてください。展示のタイトルにもありますが、ニュージーランドのテ・アラロアのロングトレイルが作品のベースになっています。 ロングトレイルをする人たちにとってテ・アラロアとはどのような場所・ルートなのでしょうか?火山性地形や海岸、川沿い、牧草地や原生林といった荒野の中を歩くルートだそうですが、また根本さん個人にとってのテ・アラロアとはどんな場所でしょうか?

私はテアラロア以外のロングトレイルを長く歩いたことがないのですが、一緒に歩いたアメリカ人のハイカーはアメリカのほとんどのロングトレイルを歩いていて、彼女いわくテアラロアはアメリカのトレイルに比べてかなりワイルドで大変、とのことでした。 私はそのワイルドさがあったから楽しめたと思います。綺麗な海岸沿いのトレイルや日本の山岳地帯のようなトレイル、たくさんの渡渉や道なき道を地図を確認しながら進んで行ったりと美しさのなかに冒険もあり、次は何があるのかとワクワクしました。

写真があるから発見できること

ー いつ、テ・アラロアを目指そうと思われたのでしょうか?そのきっかけを教えてください。

海外の山に興味を持った頃から、ニュージーランドには惹かれていました。ヒマラヤ に行く時にロングトレイルという考えがなかったので「テアラロア」には気づかなかったのですが、ニュージーランドは候補にあがっていました。 2020年にワーキングホリデービザを取り、ニュージーランドに一年住もうとしていて、行ったらテアラロアは歩くんだろうなと思っていました。何をきっかけに知ったかは思い出せないのですが、パタゴニア に旅に行った頃からロングトレイルというものに興味を持ちはじめていたので、その時に知ったのだと思います。2020年の春、仕事でニュージーランドに行き、そこでテアラロアハイカーを撮影したり、日本人の友人がちょうどスルーハイクをしていてその様子を目の当たりにしたら、私も歩いてみたいと思うようになりました。仕事の後、ニュージーランドに行こうとした頃、新型コロナウイルスの影響でロックダウンされ、入国できず、去年やっと行くことができました。

ー ニュージーランドを南北に縦断し、その距離は全長(最長)3,000キロもあるそうですが、根本さんは具体的にはどこから、どこまで、何キロを何日かけて(全長を最速で53日という記録があると聞きました!)、誰と歩いたのでしょうか?

私はニュージーランドの南島のみを北端のピクトンから南端のブラフまで約1300kmを歩きました。 基本的には1人で歩く予定でしたが、最初はたまたま入国日が一緒だった日本人の友人と10日ほど歩き、そのあとは度々小屋や街で一緒になったアメリカ人、ニュージーランド人、イギリス人のハイカーと歩きました。でもずっと一緒ではなく、先歩いてるね!とそれぞれのペースで歩いて小屋で待っていたり、景色のいいところで一緒にお昼を食べて合流したり、街で合流したりとそれぞれのペースを尊重しつつ、1人で歩いたり数人で歩いたりしました。

ー 歩くだけでも楽しく、つらいこともあると思うのですが、その途上で写真を撮ることとについて教えてください。歩いている時にはカメラは首に、あるいは肩に下げていると思うのですが、どんな時にカメラを持つのでしょうか?

人より荷物はかなり重くなってしまうのですが、カメラを持たないという選択肢が私にはないので、その重量に体が耐えられなくなれば、それはそれで仕方がないなと思い始めました。でも、仲間ができると旅がさらに楽しくなり、最後まで歩きたい気持ちが湧き上がってきて…。脚の故障もあったのですがなんとかケアしながら最後まで頑張りました。写真を撮ることに関してはあらゆる瞬間が新鮮で唯一無二だったので常にシャッターを切っている感じでした。 歩いている時はバックパックのハーネスの胸の位置に中判カメラを取り付け、コンパクトカメラを首に下げていました。 朝起きたら無意識のうちに即カメラを首にぶら下げていたので、周りの人からは本当に常にカメラ持っているんだねと笑われたりしていました。

ー ロングトレイルは進むも止まるも歩く人の自由意思に任されていると思いますが、テ・アラロアでは日々の終わり(止まること)はどのように決めていたのでしょうか?

最初の頃は多くは無人の「ハット」という山小屋を目指して歩いていましたが、様々なロングトレイルを歩いてきた仲間と歩くようになってからは、綺麗な景色のところであったり、疲れて限界になったところでキャンプしたりもしました。でもニュージーランドのハットはとても居心地が良いので、出来るだけハットに泊まっていました。

ー 本展のインフォメーションカードに寄稿いただいた「もしこの道が長い道だと知らなかったら、私はどうやって歩くだろうか?」という言葉がまるで人生そのものを表しているようでとても印象に残りました。今回テ・アラロアを歩いて一番印象に残ったことを教えてください。

先が長いと思うとどうしても前に進みたいという気持ちが大きくなってしまい、歩くスピードが早くなり、1日に歩く距離も長くしたり、天候の悪い日も無理して先に進んだりしてしまいがちです。もしこれが2日、3日の山行だったらもっと植物を見たり、景色を楽しんだりのんびり休憩してこの自然を満喫するだろうなと。ずっとそんなことはできないとしても、いろんな事に気づき、楽しむ余裕は持っていようと心がけました。

ー 「圧倒的な自然は簡単に私にシャッターを切らせる」ともおっしゃっていますが、写真を撮ることにおいてテ・アラロアを歩いたことで根本さんにもたらしたものを教えてください。

そもそもカメラ数台と大量のフィルムを持って1300km歩けるとも分からなかったけれど、それができたことは自信に繋がりました。この先の旅の仕方の幅が広がった気がします。 もっとフィルムを、減らす、シャッター数を減らすなどもしようと思えばできたと思います。でも現像後に写真をみて少しでも心に響いたらなんでも撮る、惜しまないで撮る、ということをして良かったな、撮らなくて良かった写真もない。自分に普段は自信がある方ではないですが、よく撮ったなと自分を褒めるような気持ちも少し感じました。 旅をするということ自体が目的で、写真を撮るというのは後からついてくるものという考え方ですが、カメラを持っているから始まる出会いや会話、外へのアプローチの仕方も私自身変わっている。写真というものが自分にとってなくてはならない存在だと気づきました。


テラススクエアでの展示風景。

人生に彩りをもたらしてくれる風景との出合い

ー 今回の展示のテーマである長い道のりを歩いている途中で出合った、大自然の中の「小さなものたち」は根本さんにとってどのようなものだったのでしょうか?

山歩きの楽しみ。 壮大な景色も小さな美しいもの、ワクワクさせるものに出会った時、同じくらい感動しますし、どんなに疲れていても元気をもらいます。 むしろ小さいものの方が宝物を見つけたような気持ちになるかもしれません。

ー これからテ・アラロアにチャレンジしようと考えている人への根本さんからのアドバイスをお願いします。

テアラロア上では無いところにも数えきれないほど山もトレイルもあり、テアラロアはニュージーランドの山々を横切る最短ルートという感じです。沢山トレイルがあるので沢山寄り道をしながら行くとさらに楽しいと思います。またマイナーな部分、泥や迂回など多くの人がスキップしてしまうところもありますがテアラロアを歩かなければ通らないところもあり、そういうところこそなかなか行けないので是非歩いてもらいたいです。

ー テ・アラロアで撮影した写真に関して今後の展開をお考えがございましたら教えてください。

ポートレイトなど風景以外の写真もプリントして展示したり、写真集も作りたいと思っています。

ー 次の旅の計画とその目的を教えてください。

現在進行中ですが北欧の旅に来ています。アイスランド、ノルウェーを歩いています。アイスランドはまだ写真の仕事を目指す前に、雑誌のBirdを読んで、その景色にも写真家という職業にも憧れをもったきっかけの場所。その後、韓国の画家の方が描いた冬のアイスランドの絵にも出会いずっと来てみたかった場所です。次は冬にも旅をしたいと思っています。

ー そんな根本さんにとって写真とはどのようなものでしょうか?

言葉以上に自分の感じたことや思っていることを表現できるものだなぁと思っています。自分の一部というか、相棒というか、衣食住みたいに当たり前に無くてはならないものになっています。でもさらに人生を彩り豊かにしてくれているものでもあり、写真に出会えて良かったなと感謝してます。

まとめ、インタビュー=加藤孝司 Takashi Kato

  • テラススクエアフォトエキシビションVol.31「Tiny pieces on Te Araroa」
  • 住所: 千代田区神田錦町3-22 テラススクエア 1F エントランスロビー
  • 会期:2024年5月27日(月)ー2024年9月20日(金) / 8:00~20:00(最終日は19:00までとなります)
  • 休館日: 土曜・日曜・祝日、入場無料
  • 主催:テラススクエア | 協賛 住友商事 | 企画 加藤孝司、三浦哲生
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