Mark Steinmetz interview
いま、この時を撮る。
2026.5.01

蒸し暑い夏の夕暮れ時の砂が覆うアスファルト。縁石に腰かけ頬杖をつく中年男性、眠っているのか芝草の上で寝そべる女性の姿、湖畔で釣りをたのしむ女の子。陽の照り返しの強いグランド、枯れ枝が絡みついた放置された車。縁石に寄りかかるようにたよりない足取りで心細げに歩く仔猫の後ろすがた。乾いた日常の中で当たり前のように見過ごされてきたものや人々のなにげないふる舞い。それらがマーク・スタインメッツの手にかかると魔法にかかったかのように、かつて確実にそこにあった誰かにとってのかけがえのない日常になる。現在、東京・東麻布にあるギャラリー、PGIで開催中なのがアメリカ人写真家、マーク・スタインメッツ作品展『Summer’s Children』(5月13日まで)である。アメリカの子どもたちであれば誰もが楽しみにする夏休み、初めて親元を離れて独立した一人の人間として友達や先生の輪の中ですごすSummer Camp。リトルリーグの少年たちが陽の光のもと時間を忘れて野球ボールを追いかける生きいきとしたひと夏の姿。それをスタインメッツのカメラは白黒のフィルムの中に永遠に定着させた。展示に合わせて初来日を果たしたマーク・スタインメッツ氏に話を聞く貴重な機会を得た。もう取り戻すことのできないその風景を撮ったとき、スタインメッツはどんなことを考えていたのか。繰り返し訪れることは決して永遠ではない。そのことにどれだけ私たちは気づいているのだろうか。彼の写真と言葉とともに私たちがそれを追体験することで、今失われつつあるものとはなんであるのか今一度考えてみたい。

心の内側に向けられたまなざし

ー 今回が初来日で多忙な日々をお過ごしだと思います。10日ほどの東京滞在だそうですが、都内はどちらに行かれましたか?

東京の東側、隅田川の近くのホテルに滞在しています。2日間フリーの日があって、隅田川の周辺を歩きました。川を渡って江東区というエリアにも行って、美味しい珈琲屋さんを見つけました。

ー それは良い時間でしたね。隅田川は私の住む街からも近いです。

そうですか。ご自宅は江東区ですか?

ー 台東区になります。今回、日本初個展としてPGIで開催中の 『Summer’s Children』(2026年5月13日まで)は、日本だけで特別に編集されたものとお聞きしました。そこに含まれる初期の名作『Summertime』、『Summer Camp』、『The Players』が撮られたころ、マークさんは多忙な毎日をすごされていたとお聞きしました。当時マークさんの生活の中心にはどのようなことがありましたか?

そうですね、あなたは忙しくとおっしゃっていますが、実際にどれほど忙しかったのかは、正直よく覚えていません。イェール大学の写真専攻修士課程を修了したばかりで当時は家庭を持っていませんでしたし、フリーランスの写真家として生計をたてはじめたばかりでした。1986年のことです。
ハイスクールまでの学校や大学での撮影、あるいは病院での撮影といった、小さな仕事をいくつか請けていましたが、基本的には自分の時間がたっぷりあって、生活の中心には常に写真がありました。

「生活の中心には常に写真がありました」 今回のPGIでの展示を機に初来日したMark Steinmetz氏。

ー 写真に集中することができる時間がたくさんあったのですね。

はい。スケジュールも自分で調整できたので、リトルリーグの試合を撮りに行けるようにしていました。試合はたいてい子どもたちの学校の授業が終わったあと、午後の遅い時間から夕方にかけて行われます。夏のあいだは、その時間を空けておくようにしていましたし、週末も多くは撮影に使っていました。サマーキャンプの撮影は、短い旅のようなものでしたね。
とにかく、自分の作品をつくることが生活の中心にあって、その傍らで、いくらかの雑誌やパンフレットなどの商業的な仕事をしていました。ただ、それほど多くはなかったと思います。必要最低限、といった感じでしょうか。


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ー その頃されていた商業的な仕事について、もう少し教えていただけますか。

ええ。大学からの依頼で、教員のポートレートを撮ったり、卒業式の様子を撮影したりしていました。広報のために必要なものなら、どんな撮影でも引き受けていました。病院での仕事では、がんを患っている子どもたちを撮ることもありました。
当時は小さな名刺を持っていて、そこに「人物写真(people photography)」と書いてあったんです。それが自分の仕事でした。
そして、私はずっとモノクロで撮っていました。当時はカラーより白黒を好むクライアントも多かったんです。

ー 当時から「人物写真(people photography)」で白黒だったのですね。商業的なお仕事は、ご自身の作品ともどこかつながっていたのでしょうか。

いえ、あまり関係はないと思います。もちろん、小児病院での仕事には、どこか通じるものがあったかもしれませんが、基本的には自分の作品のような自由さはありませんでした。

ー アンリ・カルティエ=ブレッソンやヘレン・レヴィットらもある時期に子どもについての写真を撮っています。あなたがこうした写真を撮り始めたきっかけ、あるいはインスピレーションについて教えていただけますか。

そうですね、私は自然と子どもたちを撮ることに惹かれていきました。
子ども時代のある側面、感情をたしかに含んでいながら、写真の中ではあまり共有されてこなかったようなもの、それを写したいと思ったんです。
当時の状況としては時間に余裕があり、生活の中心は主に将来の作品としての写真の制作でした。そんな時に自分も子供の頃に夢中になっていたリトルリーグベースボールで何か作れるのではと思いはじめました。


PGIの展示会場でMark Steinmetz氏。

ー 野球は日本でも人気のスポーツですが、なぜリトルリーグベースボールだったのでしょうか。

子どもの頃はチャールズ・モンロー・シュルツ作のコミック「ピーナッツ」が大好きでした。そこで最初は脇役として描かれたチャーリー・ブラウンもリトルリーグで万年最下位の野球チームを率いていました。そのお話しが好きだったんですね。
ですので20代半ばのことですが、仕事の合間に自分でスケジュールを調整し、リトルリーグの試合が行われる午後遅くから夕方の時間帯には、必ず撮影に行けるようにしていました。夏は特に週末が多く、サマーキャンプには数年短期で滞在していました。
単なる子どもの写真というだけでなくテーマが欲しかったんです。ですので自分の作品制作を軸にしながら、お金を稼ぐために必要最低限の商業写真も行う、という仕事のバランスでした。


Mark Steinmetz「Summer’s Children」 PGI

ー サマーキャンプを撮ることも含めて、子どもたちを撮り始めたきっかけ自体がリトルリーグベースボールの存在だったのですね。もう一つ興味深いことにあなたはこれらのサマーキャンプで子供たちに写真を教えていたというエピソードを読んだことがあるのですがそれはどのようなことですか。

実際には、あの場所で私自身が撮影をするために教えていた、という側面が大きかったですね。記録としてのキャンプの写真も撮っていましたし、少し教えることもしていましたが、同時に、自分自身のプロジェクトに取り組むことも最初から認められていました。
きっかけはそれ以前から公園や家の近くで子どもたちを撮影していたことです。それをよりまとまった作品として展開したいと考えていました。

子どもと大人である私との関係性を考察する上ではGarry Winograndの影響もありました。彼の写真集『The Animals』をご存知ですか?動物園の檻の内側と外側という構図が印象的な作品ですが、リトルリーグの試合にも似たような構造があります。フィールドの内側の出来事と、バックネットの外側でそれを見守る親たちや観客の関係です。
ただ私が関心を持っていたのは、そうした出来事の合間にある瞬間、つまり退屈(Boredom)や内省の時間でした。自分ごととして振り返ってみても子どもは無垢というだけではありません。子どもならではの悩みがあり、そして寂しさだけでなく、退屈さを持っています。


「興味を持っていたのはフィールドの内側の出来事と、バックネットの外側でそれを見守る親たちや観客の関係です」。©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ーそれはマークさんの写真家としてのスタンスとして現在も一貫しているものですが、子どもであれ大人であれ一人の人間としてのまなざしを向けられていたのですね。退屈さという言葉に、あなたの写真を見ていて子どもも大人もどこか憂いを帯びている理由がなんとなくわかった気がします。

ええ……退屈もそうですが、彼らを前にその距離感をどうするかと考えるよりも、むしろ言葉や態度としては表現しがたい意識の中で、彼らの内面へと向かっていく時間のほうが多かったかもしれません。子どもたちを、ただ外で走り回る無邪気な存在としてではなく、内側にそれぞれの時間を持った「ひとりの人間」として写したいと思っていたんです。


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ー サマーキャンプの撮影の中で、特に印象に残っている場面はありますか。私は『Summer Camp』の本の中での最後のページ、子どもたちがそれぞれの家に帰っていくバスターミナルで撮られた写真が切なくて本当に大好きです。

そうですね、たくさんあります。ええ、本当に。ただ、どれかひとつを挙げるのは難しいですね。
私にとってサマーキャンプの日々は、正直に言えば、楽なものではありませんでした。一日が長くて、必ずしも興味深いことばかりが起きるわけではありません。日中にはどこか空白のような時間が多くて、何かが起きるその「時」を待つような感覚でした。
でも、子どもも先生もみんなが集まる食堂での時間には何かが起こったり、夜の焚き火のまわりでは、ふとした瞬間に別の空気が流れたりすることがあります。

そういう場面を撮るためには、静かな瞬間が訪れるのをただ待つしかないんです。

夏は一日が長くて、だからこそ待つための時間が多くあったのだと思います。子どもたちは親から離れて自由です。朝は早く始まって、子どもたちは目を覚まし、活動がはじまります。それが一日中続いていきます。夕方にも何かしら出来事はありますが、どこか密度はゆるやかです。一日を通して、確かに何かは起きているのだけれど、同時にそのあいだには、たっぷりとした時間が流れていました。


『Summer Camp』 (Nazraeli Press/2019年)
1986年から1997年までの11年間にわたり、フリーランスの写真家として、南イリノイ、ノースカロライナの山岳地帯、ケープコッド半島沿いの海岸線、北カリフォルニア、ジョージアなど、各地のサマーキャンプで撮影を行ったスタインメッツ。
子どもたちの撮影は朝から晩まで続き、インタビューで本人が語っているように、長い待ち時間や退屈な瞬間も少なくなかった。しかしその一方で、ふいに訪れる奇跡のような瞬間を逃さぬよう、つねに気を張っていなければならなかったという。
その時間は、かつて自分自身も通り過ぎた、少年期から青年期へ移りゆく曖昧な季節をもう一度たどり直し、大好きだった夏休みの感覚を再訪する営みでもあったのではないだろうか。
子どもたちは、日がな一日を漫然と過ごし、ときにうだるような炎天下で川遊びに興じた。ハイキングやピクニックといった集団行動、釣りや食事の支度、そしてキャンプファイヤーを友人たちと囲む夜。そこには気の合う仲間もいれば、反発し合う相手もいたはずだ。
モノクロームの画面のなかで、光と影を繊細にとらえることに長けたスタインメッツは、自然のなかで過ごした夏休み特有の気だるさと、過ぎ去る時間の感触を、一冊の写真集のなかに静かに封じ込めている。


Mark Steinmetz「Summer’s Children」 PGI

人や風景との関係性ーーある種の親密さ、心理的なつながり

ー 今回展示された写真からは子どものころに映画のスクリーンの中で見た1980年代のアメリカの夏休みの情景が目に浮かびます。一方であなたの写真で見ることができる当時の子どもたちは、現代の子どもたちと少し違って見えます。それはなぜだと感じますか?

はっきりとは言えませんが、リトルリーグベースボールの子どもたちとそれを見る者との関係性や、毎年夏に繰り返されるサマーキャンプの基本的な構造は今も変わらないと思います。ただ、現代の子どもたちは以前ほど無垢ではないかもしれません。
今はスマートフォンやパソコンのスクリーンに触れる時間が多く、家にいれば親の目も常にあります。当時は自転車で公園や近所の川、ショッピングモールに子どもたちだけで出かけたり、もっと自由で、自分たちで時間を工夫して過ごしていました。当然時間の感じ方も違っていて、以前のほうがよりゆったりしていたように思います。子どもたちにとって今は以前よりもストレスが増えているのではないでしょうか。


ー 確かにおっしゃる通りだと思います。あなた自身の子ども時代についても教えてください。ニューヨークでお生まれになり、ボストン、アイオワシティでキッズやティーンの時代を過ごした実体験は、あなたの写真家としての視点にどのように影響しましたか?

そうですね。大きかったのはアイオワでの経験です。ニューヨークのような都市とはまったく異なる環境でした。ボストンはどちらかというと郊外的でしたが、アイオワシティで過ごした日々は、どこにでもあるような、けれど確かにアメリカらしい子ども時代だった気がします。
ティーンエイジャーの頃は、ブルース・スプリングスティーンを聴いていました。マドンナやデュランデュランも人気がありました。若者たちは1960年代後半から70年代にアメリカで製造された、車体が大きく力強いトルクでパワー重視の「マッスルカー」を好んで運転していました。今回の展示の入口の写真に写っているような車です。

その後、シカゴやロサンゼルス、アメリカ南部や中西部で撮影するようになりました。子ども時代にいろんな町で暮らした経験により、アメリカという国をより深く知りたいと思うようになりましたし、地域ごとの違いにも関心を持つきっかけになりました。それがアメリカ南部やさまざまな都市、フランスやイタリア、ベルリンなどを私なりの視点で撮ることへと導いてくれました。 


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ー マークさんのもうひとつの代表作である『South Trilogy』(『South Central』『South East』『Greater Atlanta』)にも共通するのは、親密でありながら過剰にドラマを作ることのない被写体との距離感です。『South East』の序文では、ニューヨークMOMA写真部門のキュレーターとして著名なジョン・シャーカフスキーの後継としても知られるピーター・ガラシが、あなたの写真家としての矜持を、「私情を一旦脇に置いた公平性を持った平等な陪審員のまなざし」と書いています。被写体との距離感についてあなたはどう考えていますか?

写真というのは、人間の顔を写し出すことにおいて驚くほどの力を持っているとつねづね思っています。だからこそ、表情がきちんと見える距離、目の奥まではっきりと感じられる距離まで近づきたいんです。そうすることで、単に出会いがしらでは持ち得ないある種の親密さ、心理的なつながりのようなものが生まれるのだと思っています。 それは必ずしも、私と被写体とのあいだに生まれる関係ではありません。むしろ、その人の顔やまなざしを通して、写真を見る誰かへと手渡されていくような、そんなつながりです。
そのためにも私の写真は極めて具体的である必要があります。場所も特定されていることもそうですが、そこにいるのははっきりとした個人の顔であり、その人が何を身につけているかといった細部も丁寧に写し込まれています。彼らは決して抽象的な存在ではありません。誰にでも置き換えられるような「人」という存在ではなく、そこにいる、その人自身なんです。

あなたが私の作品を見たときに、そこに写っている人や私とのあいだに何かしらの関係を感じていただけたのだとしたら、それは嬉しいことです。でも、私自身は特別なことをしているわけではなく、ただ、その人をその人のままに写そうとしているだけなんです。
もし関係性のようなものが立ち上がるとすれば、それはたぶん、私が一歩引いているからだと思います。余計なことをせず、邪魔をしない。そして被写体が、カメラが自分をありのままに、自然に映し出してくれると信じています。私は自分の意図を明確にしたうえで写真に「委ねている」のです。


「渋滞の列の中でボンネットの上でポートブルゲームに興じる少年に出会い、ひと声かけて撮った写真です」写真集「Summertime』に収められたこの写真についてスタインメッツがそう語るように、自然にみえるこれらの写真はスナップとポートレートの中間のような方法で撮影されている。
©Mark Steinmetz, courtesy of PGI


Mark Steinmetz「Summer’s Children」 PGI

ー 写真に「委ねている」……写真を撮るはしくれとしてものすごい言葉に圧倒されます。写真を撮る上での忘れてはいけない言葉だと思いました。次の質問ですが、初期の作品では子どもやティーンエイジャーを多く撮られていましたよね。これまでの対話で詳らかにされてきたように、そこからアメリカ南部の人々へと対象が移っていきました。その変化はご自身にとって自然なものだったのでしょうか。

ええ、そうですね。自分の仕事の中で起きてきたことは、どれもごく自然な流れだったように思います。
振り返ると、その変化はおそらく、1988年にかけて暮らしていたシカゴでの仕事のあたりに、ひとつの移り変わりがあったと思います。2025年にNazraeli Pressから出版された『Chicago』という本があります。そこには子どもたちの写真もありますし、同時に、より多くの大人たちの姿も映っています。あの頃は、被写体として、子どもだけでなく大人を見るようになっていった時期でした。
それから『South Trilogy』の最初の本、1991年から1993年にかけて撮影した写真を収めた『South Central』では、中年の男性や、年配の男性が多く映っています。道端に佇む、どこか顧みられてこなかったような人たちです。もちろん子どももいますし、女性、猫やリスなどの動物も映っていますが、全体として最も印象に残るのは、そうした「見過ごされてきた」ような人物、特に男性たちかもしれません。
そういった意味では、人を見る視線に少し変化があったと言えると思います。
また、撮影方法も変化しています。『Chicago』では声をかけずに道ゆく人を撮った写真もたくさんありますし、一方で、被写体と話をしてから撮った写真も多くあります。
それに対して南部では、ほとんどがポートレートです。声をかけて、そして自分が立つべき場所に立って撮る、そういうやり方が中心になっていきました。


「『South Central』では、中年の男性や、年配の男性が多く映っています」。©Mark Steinmetz, courtesy of PGI (from 『South Central』)


『Chicago』 (Nazraeli Press/2025年 )
1988年から1991年にかけてのシカゴ滞在中に撮影された作品群を収録。Garry Winogrand を思わせるストリートスナップの感覚が、都市とそこに生きる人々の息遣いをスリリングに描き出している。
本インタビューでも語られているように、シカゴでの撮影は、撮影方法やテーマ設定を含め、Mark Steinmetz にとって大きな転換点となった。
ショーウィンドウ越しに人物を捉えたカットや、強い陽射しが生む深い影のなかで人物の機微を浮かび上がらせる場面など、随所にスタインメッツらしい鋭く繊細な人物描写が見られる。その一方で、カメラを斜めに構え、遠近感を強調したショットなど、実験的な試みも積極的に取り入れられている。
ニューヨーク、ロサンゼルスに次ぐ人口を抱え、アメリカのほぼ中央に位置する世界都市シカゴ。そこで撮影された写真群には、都市の混沌と郊外の日常に漂う停滞感、そしてその周縁で営まれる人々の日常が刻み込まれている。
Nazraeli Press のシリーズのなかでも特にボリュームのある一冊であり、スタインメッツの作品群のなかでも異色の魅力を備えた、重要な写真集のひとつといえるだろう。

「目の奥まではっきりと感じられる距離まで近づきたいんです」。『South Central』の表紙に使われた写真。焦点の定まらない少年の瞳に思春期への憧憬が控えめに表現されているようだ。

ー 「出版物」についても少しお聞かせください。あなたの本のシークエンスは非常に正確で、考慮されていると感じます。1986年、25歳の時に『The Players』を計画する際に、すでに1枚の画像ではなくそこで起こっている事実にあなた自身が描くナラティブを投影しながら多くの画像により総合的に意味をなすシリーズに取り組みたいと考えておられました。写真を編集し、順序付けして本にすることにはどのように取り組まれているのでしょうか。

あなたが今言われたように、私は自分のことをもともと写真集を作る写真家だと考えてきました。今はAdobeなどのコンピューターソフトを使えば写真の並びを簡単につくれるようになりました。ですが80年代は印刷のクオリティもそうですが、写真集を作るのは今より難しかったのです。
2000年代になってNazraeli Pressのクリスさんが写真集を作ろうと提案をしてくださって、シリーズで撮った写真をクリスさんにみてもらいました。
あなたがおっしゃるようにシークエンスはとても大切です。一つのシリーズのコアとなるカットを軸に向き合う写真の関係やリズム、流れを考えながら物語を作るように本を編んでいきます。
たとえば、『Summertime』(1984年から1991年にかけて撮影され、2011年に初版が発売)は、ヘアースプレーで固められた髪の毛の女の子の笑顔の写真から始まってスケボーで怪我をした少年の写真で終わっています。楽しかったこと、退屈だったこと、人知れず思い悩んだことなど、夏休みの複雑な思い出が一冊にまとまっています。映画もそうですが写真に限らず本を作るには小さな旅をするような物語があるといいと思っています。


『Summer Time』 (Nazraeli Press/2011年初版、2026年リマスター版刊行)
アメリカの片田舎。蒸し暑い夏の湿気が、子どもたちの服や髪をわずかに重たくしている。
アメリカの夏休みは5月下旬にはじまり、8月下旬まで続く。子どもたちはサマーキャンプや学校のサマーセッション、初めてのアルバイトに時間を費やし、ときには原っぱや裏庭、茂みのなかで、ただあてもなく時間を持て余し、9月から始まる新学年までの長い休暇を、それぞれのやり方で過ごしている。
友人たちや恋人たち、少し離れた街に暮らす親戚。親の目を離れ、子どもたちだけで自転車でショッピングモールへ行き、はじめて触れる世界に胸を高鳴らせたこと。
「楽しかったこと、退屈だったこと、誰にも言えずに思い悩んだこと――夏休みの複雑な記憶が、この一冊にまとめられている」。
なお、序文として引用されているのは、Alice Cooper の1972年の代表曲 School’s Out の歌詞である。それは、夏休みに入る直前のわずかな時間を「人生で最も素晴らしい瞬間」として歌い上げたサビ前の一節であり、長い休暇を目前にした高揚感や解放感が、ヘヴィなギターリフとともに鳴り響く。
この曲は、1970年代アメリカのティーンエイジャーたちにとって、長い夏休みと自由の象徴ともいえるアンセムのひとつだった。そしてその感覚は、Mark Steinmetzの写真のなかにも静かに流れ続けている。

ー あなたの本がどれも素晴らしい理由がわかりました。もうひとつ、作品に頻繁に登場するハートのモチーフについても教えてください。

ありきたりな象徴とも言えますが、私にとっては重要です。作品は理屈よりも、むしろ「感情」によって支えられているべきだと感じています。
私の本の中で皆さんが目にする「ハート」もまた落書きの一部で、人々が思わず書き残すものです。そこに、人間の感情の痕跡が現れているのだと思います。


「私は自分の意図を明確にしたうえで写真に委ねているのです」

経験が分断する社会に対していかに写真で向き合ってきたか

ー 私も大好きな作品で、ここからあなたの作品にはまったのですが、『South Trilogy』はあなたの作品の最重要作と言えると思います。あなたが「レーガンとブッシュの後とクリントンの前」と言う、アメリカの歴史的な時期に撮影が開始された、このシリーズの成り立ちついてもう少し教えてください。出版物としては最初から3部作でというお考えをお持ちだったのでしょうか。

いや、最初は『South Central』として独立して始まりました。これは主にテネシー州ノックスヴィルで大学の仕事をしていた約2年の間に撮影した写真です。
2007年に発売されましたが、その時点では、続けて本を作るかどうかは分かりませんでした。というのも、私は写真を本格的に始めた初期の頃から写真集をつくる写真家であるという考えのもと作品を作ってきたと申しましたが、本というものは出版社が販売できるかどうか、関心があるかどうかに左右されるものです。まず何かを作って販売する。ですがそれが続くかどうかは分かりません。でも結果的には続けることができたのはクリスさんとMayaさんのサポートのおかげであり私にとって幸運なことでした。
ただ自分の中では、撮影を始めた早い段階から、これらを本としてまとめるいくつかの方向性は見えていました。
例えば、高速道路や自動車、化石燃料、資本主義や文明に関する写真は三作目の『Greater Atlanta』(1994年から2001年にかけて撮影され2009年発売)に向かうものだと感じていましたし、若い世代やカウンターカルチャー的な若者たちの写真は『South East』(1994年から2001年に撮影され2008年発売)に向かうものでした。

『South Central』がやや中年男性、特に社会から取り残されたような男性に焦点を当てているとすれば、『South East』は20代やティーンエイジャーといった若い人々、よりオルタナティブなスタイルに関わっています。これは1990年代から2000年代初頭の空気でもあります。
それぞれは別のシリーズとしても存在していますが、同時に共通する要素もあります。アイデアは互いの本に響き合い、参照し合っています。しかし、それぞれに固有の性質もあります。


『South East』(Nazraeli Press/2008年)
『South Central』、『South East』、『Greater Atlanta』の三冊から成る、“South Trilogy” と呼ばれる南部三部作。
筆者は当初、この三冊をひとつながりの作品として捉えていた。しかし一冊ずつ丁寧に見ていくと、それぞれで描かれている主題や、視線の中心に置かれているものが微妙に異なっていることに気づかされる。
インタビューのなかで Mark Steinmetz自身が語っているように、当初出版が決まっていたのは『South Central』のみであり、その後に続く二作の制作が進み、やがて三部作として完結した。
しかし彼の言葉からは、それぞれの作品が当初から別個のものとして構想されていたことがうかがえる。最初に総集編のような一冊を作るという選択肢もあり得たはずだが、どの作品をどの順番で本にするのか、その背景にある目的や構成が、早い段階から明確に考えられていたことに驚かされる。
三部作の中間に位置する『South East』は、1994年から2001年にかけて撮影された。写真の約半数は、現在のスタインメッツの拠点でもあるジョージア州アセンズで撮影され、残りはアメリカ南東部のさまざまな都市を旅するなかで記録されたものである。
本作でスタインメッツのカメラが見つめるのは、日々変化していく身体や感情に戸惑いながら生きる若者たちの姿だ。希望よりも不安のほうが大きく感じられる日常のなかで、行き場のない思いを抱えた彼らの表情が、静かな距離感をもって写し出されている。


暗がりの駐車場で誰かの気配を感じたのか不意に振り返る少女。その瞳に映るのは恐れ、孤独、疎外感とともに開放感が混じり合ったティーンならではの複雑な内面だろうか。光を巧みに操るスタインメッツの手にかかれば日常も崇高な物語を秘めた神話になる。それを象徴するような写真。©Mark Steinmetz, courtesy of PGI (from 『Greater Atlanta』)

ー なるほど。一作一作を丁寧に見比べていくと、互いのコンセプトの違いに気づくのはあらかじめそのような物語と意図が描かれていたからなのですね。一作目となる『South Central』には、今では見られない電話ボックスから電話をしている人の姿が繰り返し登場します。それは現代のようにパーソナルフォンがない時代に、人々が物理的な電話線で、ここではない外の世界と繋がろうと必死にもがいている姿のように私にはみえます。
3作目の『Greater Atlanta』に登場する電話ボックスは薮の中にあり壊れているのも黙示的です。あなたはどうして電話というツールを比喩的に用いたのですか?

電話、そうですね。『South Central』というタイトルは、その地域の電話会社の名前から取られています。それから三部作全体を通して見ていくと、公衆電話が少しずつ姿を消していく様子が映っていると思います。最後のほうでは電話ボックスが蔓に覆われてしまっている場面もあります。
ただ、あの写真の中での「電話」というのは、あなたのご指摘通りに、やはりどこかで「つながり」を示しているのだと思うんです。それは人と人とのあいだのつながりです。ただそれは、どこか容易ではないつながりでもある。家を持たない人が、通りの電話ボックスから誰かに電話をかけている──そういう状況ですから。
当時は意識していませんでしたが、その10年後には携帯電話が普及して、三作目の『Greater Atlanta』では携帯電話の基地局の姿も映るようになります。結果的に、公衆電話の終わりを記録するようなものにもなりました。
でも私にとっては、最初はやはり、人が誰かとつながろうとする、その試みの象徴だったんです。とりわけ、通りにいるときのように、どこにも属していない場所でのつながり。そうしたものとして、自然にそこにあったように思います。


「三部作全体を通して見ていくと、公衆電話が少しずつ姿を消していく様子が映っていると思います。最後のほうでは電話ボックスが蔓に覆われてしまっている場面もあります」。©Mark Steinmetz, courtesy of PGI (from 『Greater Atlanta』)

ー あなたの作品の中の電話ボックスで話している人たちの姿がずっと気になっていたのでそのお話しを伺えてよかったです。その写真を見て人と人とのあいだにある「つながり」のようなものを強く感じていたので今おっしゃっていたことに、とても共感します。ですが当時、実際に電話ボックスで電話をかけている人を、よく見かけたのでしょうか。

そうですね、場所によって違いはありました。電話ボックスが必要とされる地域ではよく見かけましたが、家族が暮らす住宅地の中では、ほとんど見かけることはありませんでした。一方で、街の通りに出るとそういう光景に出会うことがありました。
同時に少し奇妙でもあって、というのも、その頃すでに郊外では人々はあまり通りを歩かなくなっていて、ほとんどの人が車で移動していたんです。いわば車社会の中にあって、それでも車を持たない人や、何らかの理由で自分の電話を持たない人たちが公衆電話を使っていました。
それから電話ボックスには、たくさんの落書きがありました。人は何かを書き残さずにはいられないんですね。そこには、誰かがどうしても書きたかった言葉が残っている。いわば、とても公共的な場所に刻まれた声です。
たとえば「T-Bone」と書かれているものもありました。ステーキの名前から取ったあだ名でしょうか。あるいは電話のすぐそばに「hurts(痛い)」と書かれていたりもする。そうした言葉は、ささやかなものですが、ときにとても切実な表現でもあるんです。電話ボックスには、そういった痕跡がよく残っていました。


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ー 日本でも電話ボックスには情報チラシ(その終焉期には主にアダルト向けチラシ)が貼られていたり、SNSがない時代のある種のコミュニケーションツールになっていたことを思い出しました。私にとってアメリカの夏休みのイメージは映画がもたらしてくれました。『Breaking Away(邦題「ヤングゼネレーション」)』(1979)、『California Dreaming』(1979)、『Fast Times At Ridgemont High』(1982)や、『The Bad News Bears(邦題「がんばれベアーズ」)』(1976)というリトルリーグベースボールを舞台にした映画も好きでした。80年代のファッションは過去のものとも思われますが、当時のスタイルが現在リバイバルしていて、むしろ現代的に感じます。
今日お話をしていただいた写真を撮影してから約40年が経ちました。今ご自身の作品が描いてきた時代性についてどのように感じていますか。

世界は変わりましたし、アメリカも変わりました。ただ、長い間はそれほど変化していないようにも見えていました。
例えば、ヘアスタイルやファッションなどは80年代と90年代で多少の違いはありますが、私の写真の多くは20世紀後半から21世紀初頭のどの時点でも撮られ得たように見えます。あなたが言うようにそれほど大きな違いは感じられませんでした。
ただ時間が経つにつれて、本当に変化が起きていることに気づきます。かつてはそれほど変わっていないように見えたのに、実際には変わっていた。急激に変化が目にみえるようになりそれに気づいた時にはすでに後戻りできなくなっていた。

子どもたちの描かれ方という意味では、『The Bad News Bears』(1976年)以外にも『グーニーズ』(1985年)のような好きな作品があります。子どもたちのグループが一緒に過ごし、冒険する物語です。特に夏には、子どもたちが集まって時間を共有することが一般的でした。
多くの映画でも、高校生活や「この街から出たい」という共通の感覚が描かれています。しかし現在は、インターネットやスマホのスクリーンの影響もあり、人々は別の形で孤立しています。
また、経済的な格差も広がっているように感じます。以前は多くの人が中産階級で、似たような経験を共有していました。リトルリーグベースボールやサマーキャンプもその一部です。しかし今は、経験が分断されつつあります。
子ども時代そのものも変わっているかもしれません。情報や娯楽が無限にある中で育つことは、以前とは違うはずです。
ただ、写真そのものに対する自分の感情はあまり変わっていません。写真は当時と同じように感じられます。ただ、その時代そのものが少し遠くなった、戻れないものになったという感覚はあります。


Mark Steinmetz「Summer’s Children」 PGI

写真は未来を映す、人生を知る方法である

ー 私はまた、あなたが写真撮影への動機は曖昧であるべきではないと感じていると読んだことがあります。だからこそお聞きしたいのですが、何を、あるいは誰を撮影するか、どのように決めますか?

より明確であるほど、写真は撮りやすくなると思います。多くの人は「撮るべきかどうか」で迷っていますが、自分の中で何を求めているかがはっきりしていれば、前に進むことができます。
ただ、何を撮るかという決定は、必ずしも自分が行っているとは限りません。目の前に現れたものを見て、「これはいい」と直感的に分かる。その光や身振りに打たれる。それは決断というより、発見や啓示に近いものです。

ー デジタル時代のある種の冷静さとも少し異なる、人間同士、コミュニティとの関係性に今よりもリアリティがあった時代の空気感を、共感や連帯を示しながら、でも必要以上に感情移入せずに撮っているように見えます。あなたの写真における「発見」とは何ですか?

私は個人だけでなく、その人が置かれている時間や場所、状況を含めて写したいと考えています。人物は常に文脈の中にいます。

Richard Avedonのように白い背景で人物を撮る方法もありますが、私はその方法にはあまり関心がありません。背景にあるもの、例えば道路などが重要だと考えています。
道路はその人の人生の物語のようなものです。今その場所に立っているが、その道は続いていく。そうした時間の流れも含めて写したいのです。
また、写真が将来どのように見られるかはコントロールできません。ですが写真は未来のために作られるものでもあります。一枚の写真は、その瞬間を切り取ったものだからこそ、後の世代に影響を与える可能性を持っています。


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ー これまでお話をしていただいたこれらの写真について、当時これらの何があなたを惹きつけたのだと感じますか?あなたの写真を見ると、時々、個人を超えた何かがあると感じます――それは時間と場所の目には見えない「積層」によって形作られるものです。それについて、あなたがどのように考えているのか、興味があります。写真は撮影された瞬間ではなく、過ぎていく時間とともに別の何かを明らかにすると感じますか?

うまく質問に答えられているか分からないのですが……個人というものを超えた、何か、その時代や場所によって形づくられるもの、というのは確かにあると思います。
写真の中には、その場所や空気のようなものも、きちんと含まれていてほしいと思っているんです。
そこにいるのは、文脈の中にいるひとりの人であり、ある状況の中にいる人であり、ときには、ある困難や境遇の中にいる人でもある。 だから私は、その人を、その人が生きている時間や場所の中で写そうとしているんです。時代や場所から切り離された個人ではありません。

ー 先ほどGarry Winograndのお話がありましたが、あなたの初期の活動で影響を受けた人についてお聞きできますか?
あなたとGarry Winograndとの交流は良く知られています。
イェール大学時代の先生であったTod Papageorgeと、あなたが南部に行くきっかけのひとつとなったBaldwin Leeとの関係について教えてください。彼らとは現在も交流はありますか。

はい、今でも彼らとは連絡を取り合っていますよ。もうみんな年を重ねましたけどね。Todはイェールで本当に優れた教師でした。彼はいつも、人の作品を見るときに、本質的な核心にすっと辿り着くんです。会話の表面の下に流れている、重要なサブテキストを見抜く力があった。
それからBaldwinは、彼は私の作品をそこまでよく知っていたわけではないけれど、テネシー大学ノックスビル校で教える仕事に私を招いてくれました。彼が不在のあいだに、彼の写真を見る機会があったんです。昔、箱いっぱいの写真を見せてくれたこともありました。
二人とも、とても励みになる存在でした。彼らの写真は本当に質が高いし、自分がある「伝統」の中で生きていくためには、そういう教師や同僚の存在が不可欠なんです。他の人が良い作品を作り、それについて語り合う——そういう環境がなければ、この仕事を続けるのは難しいかもしれません。
それから、Garry Winograndのことも少しお話ししたいです。彼と出会ったとき、私はまだ22歳で、とても若かった。彼はおそらく、私たちの時代で最も偉大な写真家の一人でしょう。本当に驚くほど深い写真を撮っていました。若かった私はスポンジのように彼の言葉を吸収していましたし、強い集中力を持って向き合っていました。それは本当に素晴らしい経験でした。


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI(from 『South East』)

ー あなたのご両親はお父様がオランダ、お母様がフランスのご出身です。マークさんご自身もフランス国内で撮った写真を発表したり、現在もアメリカのジョージア州アセンズとフランス・パリの2拠点で活動されています。
マークさんの写真はAlfred Stieglitz、Walker Evans、Garry WinograndといったAmerican Photographsの歴史に位置付けられると思います。一方で、フランスの写真や映画、イタリア映画からの影響も感じます。実際ミケランジェロ・アントニオーニの映画術はあなたに人生の転機をもたらしたものの一つですね。それとヨーロッパ写真の情緒的(intimate and personal)なムードも感じます。ヨーロッパ的なものからの影響について教えてください。

父はオランダ人で、もう亡くなりましたが、母はフランス人です。だから私はいまフランス国籍も持っていますし、娘も同じです。 それから今ご指摘のあった写真家たちについてですが、Alfred Stieglitzのことは高く評価しています。ただ、自分が直接的に結びつく存在かというと、少し違うかもしれません。彼のキャリアにはいくつかの側面がありますが、特に後年の仕事は素晴らしいと思います。私にとって重要な写真家としては、Lee Friedlander、Robert Frankの名前は欠かせません。
ヨーロッパ写真との強い結びつきは感じています。とりわけパリですね。ニューヨークとパリ、この二つが大きな軸になっています。自分はアメリカ人であると同時に、ヨーロッパ的な感覚も強く持っていると感じています。
それから映画も重要です。アメリカ映画もヨーロッパ映画も、あらゆる映画から影響を受けています。
特に重要な写真家としては、Andre Kerteszですね。彼のシンプルさ、小さな仕草を切り取る力は非常に大きい。それからBrassaiは、写真の中にメタファーを持ち込む知的な力という点で重要です。より成熟した世界を写し取るひとつの例でもあります。
さらに、ドイツの写真家August Sanderの名前も挙げておきたい。『South Central』を制作していた頃、彼のことをよく考えていました


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ー 初期はライカM6のような35mm小型カメラで作業され、その後、FUJI GW690などの中判カメラも使用されたと理解しております。その変化に惹かれたきっかけは何ですか。そしてそれはあなたの写真にどのように影響しましたか?それは、あなたの被写体との距離を変えましたか?

現在でも35mmは使いますが、ロサンジェルスから離れた頃(1983年以降)から6×9フォーマットに移行しました。理由は写真の解像度やディテールのためでもありますが、それ以上に光をよりよく捉えられると感じたからです。
また、このフォーマットは撮影のスピードを遅くします。撮影のために被写体にそこにとどまってもらう必要があり、より意識的なポートレートになります。偶然のスナップとは少し異なる方向です。


FUJI GW690、FUJI GW690IIはスタインメッツの中判カメラの愛機として知られている。この写真でスタインメッツが手にしているFUJI GF670(写真のものは筆者私物)は前記のフィルムカメラと同じEBC FUJINON LENSを搭載した2010年代にスタインメッツが使用していたカメラとして知られている。「2台持っていますが、折りたたみができて軽量、シャッター音がほぼ無音で気に入っていたのですが私が持っていたものは距離計が曖昧でいくつかのロールでピントがうまくいきませんでした」。今回掲載したスタインメッツ氏のポートレートはこのカメラとPLAUBEL MAKINA67で撮影した。

ー 確かにそうですね。現在取り組んでいる作品について教えてください。

現在はパリで撮影しています。主にパリ中心部の西側にある「Place de Clichy」(フランソワ・トリュフォー監督『大人は判ってくれない』の撮影場所としても知られる)と「Porte de Champerret」という二つの場所で作品を進めています。
一つは街の交差点で人々が集まる様子、もう一つは通勤時間帯の人々、自転車やスクーター、歩行者などの動きを捉えています。 また、9歳の娘を含め家族も撮影していますし、今回初めて訪れた東京でもいくつかの街で撮影をしました。アメリカに戻れば、『Greater Atlanta』に近いテーマで、より現代的な風景も撮っています。


©Mark Steinmetz, courtesy of PGI

ー いずれも拝見できる日が待ち遠しいです。あなたの作品には一貫したスタイルがありますが、それについてどう考えていますか?

「一貫したスタイルがある」とよく言われますが、実際には作品の中で多くの洗練や変化があったと思います。カメラを変えたり、三脚を使ったり、サマーキャンプや夜の撮影ではフラッシュを使うこともありました。
ただ基本的には、「自然な視覚」を大切にしています。なぜなら私は写真に特別な効果は求めていませんし、レンズそのものに注意を引きたくもありません。フレアや誇張されたアングルも避けてきました。見上げたり見下ろしたりすることはありますが、それも過度に意識されるような極端なアングルで注意を引くようなことはしたくありません。
もちろん変化や試みはありますが、できるだけ自然な見え方を保ちたいと思っています。

ー これまでお話ししたすべてのことを受けて、質問したいことがあります。写真家として、人として、今最も重要だと感じていることは何ですか?

好奇心を失わないこと。そして自己認識です。ソクラテスの言葉にあるように「汝自身を知れ」です。写真は人生を知るための方法でもあります。
そして、良い人間であることも重要だと思います。

ー まさに最後の言葉は1時間半にわたりインタヴューをさせていただいて、マークさんご本人、そしてその写真から受けるイメージそのものだと感じました。では、最後にもうひとつだけ質問させてください。少し個人的な問いになります。今回の展覧会は『Summertime』に収められた黒猫の写真で締めくくられていますし、新しい写真集『low fi cats』も猫を主題にされています。混迷の続くこのような時代にあって、あなたにとって猫とはどのような存在なのでしょうか。

そうですね。猫については何時間でも話すことができます。猫は私たちの気持ちをやわらかくほどいてくれる存在だと思います。写真家として見ても、彼らはとても優雅で、美しい所作を持っています。どこに身を置くべきか、ちゃんとわかっていることにいつも感心します。そして、私たちが猫を見つめるとき、彼らがすでに「目的そのもの」であることに気づかされるのです。
人間はしばしば、自分の目的を見つけようとしてもがき苦しみます。多くの人が、そのことで満たされない思いを抱えています。けれど猫は、何かになろうとするのではなく、すでにそのままで満たされているようにみえます。そこには罪悪感も羞恥もなく、ただ静かな安らぎだけがあります。
だからある意味で、彼らは私たちにとっての“教師”のような存在なのだと思っています。


Mark Steinmetz(マーク・スタインメッツ)
写真家。1961年 ニューヨーク・マンハッタンでオランダ人の父とフランス人の母の間に生まれる。現代アメリカを代表する写真家の一人。イェール大学に入学、写真家のトッド・パパジョージに学ぶ。一学期で休学し、映画アシスタントの内定を受けカルフォルニア・ロサンジェルスにいく。そこでゲイリー・ウィノグランドと知り合う。1994年、グッゲンハイム・フェローシップを受賞。2007年アメリカの出版社Nazraeli Pressより、のちにサウスシリーズ三部作として知られるようになる『South Central』をリリース。2018年 写真家で妻のイリーナ・ロゾフスキーとともに「The Humid」(ザ・ヒューミッド)として活動を開始。作品はMOMA(ニューヨーク)、メトロポリタン美術館(ニューヨーク)、ホイットニー美術館(ニューヨーク)、他に収蔵されている。
https://www.marksteinmetz.net

まとめ、インタビュー、ポートレート、翻訳=加藤孝司 Takashi Kato
通訳協力=坂井小夜香 Sayaka Sakai
取材協力=PGI

  • マーク・スタインメッツ作品展「Summer’s Children」
  • 住所:PGI 東京都港区東麻布2-3-4 TKBビル3F
  • 会期:2026.3.16(月) - 5.13(水) / 11:00~18:00
  • 休館日: 日・祝日 展示のない土曜日、入場無料
  • PGI
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