The far north
ザ・ファー・ノース
2026.9.28

テラススクエアフォトエキシビションVol.38は、『Dialogue with photography #5 The far north ザ・ファー・ノース』を開催します。

以下、キュレーターによるテキストです。

日本人の想像力の中で異質な位置を占めてきた寂寥とした北の大地。広大な原野、静寂、手つかずの無垢な土地として描かれることの多いこの地は、歴史的に、日本近代の欲望が投影される「フロンティア」として機能してきた側面をもつ。

木村肇、白石ちえこ、加藤孝司の作品は、そのような一般化された北国像に対してどのように向き合っているのか。まず、三人の写真家は、その場所を単なる風景として提示しない。モノクロームの光と影のコントラストとともに、記憶、歴史、不在、そして人間の意識が交錯する場所として浮かび上がらせているようにみえる。また、自然を固定化された純粋な「野生」としてではなく、人間の営みに翻弄されながら、歴史や想像力と深く結びついた存在として捉えている。

競走馬や生産牧場を写した木村肇の写真は、明治以降の近代化の過程における軍馬生産という、この土地に潜む歴史をも想起させる。木村の作品は、一般的な意味でのドキュメンタリーではない。むしろそこには、目には見えない時間が「地層」のように取り憑いているような感覚がある。静寂を通して、風景の内部に沈殿した歴史の気配を浮かび上がらせる。その一方で、光と影の濃度を極限まで高めたその写真に漂う静けさには、文明批評には回収できない、人間によって制度化され、管理されてきた動物の身体への慈しみを伴った眼差しがある。

白石ちえこはまったく異なる時間性へ向かっている。雪原を移動するエゾシカたちを捉えた写真は、人間の存在を超えてなお続いていく世界を示唆する。鹿たちは荒涼とした北の大地、白い光の中へ現れては消え、被写体というよりも、終わりのない自然の循環の中に浮かぶ儚い幻影のように見える。白石の作品は、文明以前から続く時間、移動、四季、生命の連鎖という自然のリズムを呼び起こし、人間中心的な物語へ静かに抵抗しているようにもみえる。

加藤孝司が扱う森は、単なる物理的空間ではない。それは、不確かさ、記憶、無意識が漂う場所である。北方の深い森に触発された作品は、ドイツのシュヴァルツヴァルト(黒い森)の歴史的意味や、森そのものがもつ原初的な闇と重なり合ってみえる。この作品に登場する一見すると原生的な森は、幾度となく破壊されながらも、長い時間をかけて人間の思想や営みによって再生され形づくられてきた風景である。そこにある自然は、喪失のあと、なおそれを回復しようとしてきた人間意思が介在する場所として存在している。

三人の作品は共通して、「自然とは、人間が眺め、管理し、消費するための受動的対象である」という近代的前提を問い直す。これらの写真は、風景には「不在」の寂寥、目には見え難い人間の理解を超えた記憶が宿っていることを示唆している。

「わからないもの」は「ないもの」とされがちな現代において、これらの作品は、私たちを再び不確かさ、暗がり、そして人間理解の限界へと立ち返らせるのである。

木村肇。

白石ちえこ。

加藤孝司。

木村肇|Hajime Kimura
1982年千葉県生まれ。芝浦工業大学工学部建築学科卒業。
記憶の視覚表現を主なテーマにした作品を制作している。
主な受賞歴にバッテンフォール国際写真賞(2013、ドイツ)。
2016年から2018年まで文化庁海外研修員、ポーラ財団海外研修員としてドイツ在住。
近著に「Correspondence」(the (M) éditions)、「Tebajima」(蛙企画)、「嘘の家族」(Three Books)「TRACK」(NECK)など。現在は東京大空襲に関するプロジェクトを2020年から取り組んでいる。 Hajimekimura.net

白石ちえこ|Chieko Shiraishi
神奈川県横須賀生まれ。1990年代アジアを巡る旅の中で写真を撮りはじめ、1995年に市民講座で暗室技術を学ぶ。日常の光景や風景に潜む記憶の原風景、時間の痕跡を強く感じるオブジェクトに関心を深め、2000年頃から自家暗室でモノクロ作品制作をはじめる。2009年より鶏卵紙、サイアノタイプの日光写真、2011年から「雑巾がけ」と呼ばれる古典技法を用いた作品制作もはじめる。2015年から冬の北海道道東に通い、エゾシカを中心とした北海道の自然の中で、目に見える風景の奥に潜む「時間」を見つめる。2023~2024年にカナダケベック州「Rencontres internationales de la photographie en Gaspésie」に参加。著書に『サボテンとしっぽ』(冬青社)、『島影』(蒼穹舎)、『鹿渡り』(蒼穹舎)、小説家と共著『海に沈んだ町』(小説 三崎亜記 朝日新聞出版)がある。第37回写真の町東川賞特別作家賞、 第10回 Hariban Award 審査員特別賞。

加藤孝司|Takashi Kato 
東京都生まれ。テラススクエアフォトエキシビションのキュレーション、写真および執筆の仕事に携わる。2009年頃より写真作品の制作をはじめる。個展に「Landscape seen by someone」(2020年)、グループによるテーマ展示「Dialogue with photography」(2022年〜)の企画・作品の出展を続けている。『BLACK WOODS』(2025年/Self publishing)、その他、アーティストブックを多数制作する。https://form-design.jugem.jp

ビジュアルデザイン=鎌田充浩 Mitsuhiro Kamada
テキスト=加藤孝司 Takashi Kato

  • テラススクエアフォトエキシビションVol.38「Dialogue with photography #5 The far north」
  • 住所: 千代田区神田錦町3-22 テラススクエア 1F エントランスロビー
  • 会期:2026年9月28日(月)ー2027年1月29日(金)
  • 休館日: 土曜・日曜・祝日、入場無料
  • 主催:テラススクエア | 協賛 住友商事 | 企画 加藤孝司、三浦哲生
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