Rei Kuroda

写真家・黒田零の作品には、「見る」という行為そのものを揺さぶる感覚がある。暗闇に沈む風景、判然としない光、反射によって像を変えるイメージ——そこには、写真が本来持つ「瞬間を定着させるメディア」という性質とは別の、時間や気配、あるいは不可視の存在を呼び込もうとする意志が通底している。 南の土地や人々の息づかいを感じる場所で撮影された作品で構成されたテラススクエアでの展示『影の語り部』には、「見えなさ」を通じて鑑賞者を能動的な視覚体験へ導こうとする、黒田の一貫した関心が存在していた。 写真、映像、音、パフォーマンスを横断しながら、「循環」や「脱人間中心主義」といった主題を探る黒田零に話を聞いた。
「見えないもの」を写す
ー 写真を撮り始めたきっかけから教えてください。絵画や映像、ファッションなどではなく、最初から「写真」だったのでしょうか。
中学生の頃から、DIGITAL HARINEZUMIやトイカメラで写真を撮るのが好きでした。もともと中高一貫の美術系の学校にいて、絵画やデザインを学んでいたのですが、その中で生まれる「上手い・下手」の評価や価値基準に疲れてしまって。
その頃は、授業の外で写真を撮ることのほうが、誰にもジャッジされず自由に表現できる感覚があったんです。高校生の時に曽祖父が使っていた写真機を手にしたことが転機でした。フィルム写真のコントロールできなさや偶然性に惹かれたのを覚えています。
ー 学生時代にはどのような影響を受けましたか。
高校生の頃に、内藤礼 さんの直島家プロジェクト《きんざ「このことを」》を体験したことが大きかったです。そこから現代美術に興味を持ちました。
大学では写真学科ではなく、東京藝術大学の先端芸術表現科に進んだのですが、その頃に漫画版の『風の谷のナウシカ』や、南方熊楠 の思想に出会いました。「循環」や「脱人間中心主義」といった、今の制作につながる感覚はそこから来ていると思います。
あと、アピチャッポン・ウィーラセタクンの映画にもかなり衝撃を受けました。闇の中にある安堵感や、深い自然音の扱いには強く影響を受けています。
ー これまでどのような作品を制作してきましたか。
写真を中心に、短編映像や音のパフォーマンスも行っています。
写真は、「どうやって瞬間的な写真の中に時間を内包するか」をテーマにしています。暗さやブレによって見えづらくなった写真や、光の反射によって見え方が変化する写真など、すぐには像が立ち上がってこない写真を追求しています。
映像作品では、縄文から明治維新、現代に至るまでのアニミズム信仰の変化をリサーチしながら制作した『樹木に耳を澄ませる』や、自分の生まれた土地ではない場所で生きることを決めた人が、コップに異常なまでの愛着を抱くことで孤独とは何かを問い直す『私たちは土に還れるか』などがあります。
どちらかというと、映像も「動く映像」というより、音にこだわっているものが多いのも特徴で、写真の延長のようなスローシネマ的な感覚を目指しています。写真でも映像でも、鑑賞者が能動的に見ようとすることで初めて立ち現れる体験を作りたいと思っています。
ー 音楽やパフォーマンス活動も続けていますね。
Car Crashというプロジェクトでは、コメディ要素のあるクラッシュポップをやっています。普段の自分の表現とはジャンル的には全然違うのですが、アカデミズムや音楽のルールに囚われず、DIYで、子どもの遊びの延長みたいに実験していく感覚を大事にしています。
ー 現在、一番しっくりきている表現はありますか。
あまりジャンルで分けて考えていないかもしれません。いろいろやっているからこそ、それぞれに好きな部分もあるし、まだ納得できていない部分もあります。
光と闇、その「あいだ」にあるもの
ー それでは、テラススクエアでの展示『影の語り部』について教えてください。
まず考えたのは、作品もですが、社会的な時間軸のなかにいる方たちにどう立ち止まって見てもらうかということでした。
今回の展示では、一見すると何が写っているかわからないけれど、能動的に目を凝らすことで徐々にいろいろなものが見えてくる、という感覚を中心に作品を選びました。
音が鳴っている場所を撮影した作品が多いのですが、自分自身が視覚ではないものを頼りにシャッターを切ることで、見えないものを見ようとしているのかもしれません。
ー 『影の語り部』というタイトルも印象的でした。
影そのものが語っている、あるいは、人が影に憑依されて語らされているようなイメージで付けました。
タイトルは、マリオ・バルガス=リョサ の小説『密林の語り部』からインスピレーションを受けています。アマゾンの先住民族を題材にした作品で、「語り部」を通して、人間と自然、文明と神話の境界が揺らぐ世界が描かれています。
そこでは「語ること」は単なる物語ではなく、共同体の記憶や見えない存在を循環させる行為として表現されています。『影の語り部』というタイトルも、影や自然、記憶の気配を媒介する存在という点で、この小説からインスピレーションを受けています。
ー 黒田さんの作品には、「夜」、「暗闇」、「光」、「火」といった相反するモチーフが繰り返し現れます。
制作の根底には「循環」というテーマがあります。
南方熊楠 の生命観に、「生命とは闇の中でも瞬く光のようなものだ」という考え方があります。生が光で死が闇という一方向的なものではなく、闇と光が循環し続ける流れそのものが生命だという感覚です。
自分が闇や影に惹かれるのは、その考え方に強く共感しているからだと思います。
「見えなさ」に向き合う
ー 展示空間の構成についても教えてください。漆黒のマットフレームや、一日中明るい空間での展示には苦労もあったと思います。
今回は「影をどう反射させず、影のまま見せるか」を考えながらプリントや加工を行いました。実際に見ないとわからない部分も多いので、ぜひ現地で体験してほしいと思っています。
ー 印刷物も継続的に制作されています。展示と印刷物の違いについてはどのように考えていますか。
展示では、その空間の中で時間を過ごすことを意識しています。一方、本や印刷物では、ページ構成によって生まれる物語性を強く意識しています。
今回のシリーズをすぐに本にする予定はありませんが、いずれ本という形にはしたいと思っています。
ー 写真というメディアの可能性について、どのように考えていますか。
あまり「写真とはこういうものだ」と強く意識しているわけではありませんが、自分は表現者というより「翻訳者」に近い感覚があります。
だからこそジャンルにもあまりこだわりがなく、もしコラボレーションしたいと思う人がいれば積極的にやっていきたいです。今はSNSなどによって世界中と繋がれる時代でもあるので、日本だけに留まらず、さまざまな国で展開していきたいと思っています。
ー ファッションや音楽のジャンルでのクライアントワークも多数手がけています。作品制作との関係についてはどのように考えていますか。
クライアントワークの場合は、その条件の中で自分の世界観をどう混ぜ込めば、より良いものになるかを考えています。
ー 先ごろKG+2026の一環として京都で開催された『胎内、あるいはスクリーン』(2026年5月1日から5月10日まで)についても教えてください。
京都では、シルバー紙に印刷した作品や、一定の時間にならないと見えない写真、自分が光を持って近づかないと見えない写真などを、140年前の黒帯の織物工場で展示しました。
テラススクエアとは空間的には真逆でしたが、どちらも「見えなさ」や、能動的に見ることによって社会的な時間から切り離された感覚を体験してもらう、という意味では共通しています。
京都では空間に自然に馴染んでいて、テラススクエアでは逆に良い意味で浮いていた。その対比も面白かったですね。
ー 最後に、現在興味を持っていることを教えてください。
最近は、昨年初めて制作した実験映像の表現が気になっています。あと、美術とは少し違うのですが、ポルトガルやアンダルシア、スリランカにも興味があって、実際に行ってみたいです。
京都で初めてシルバー紙への印刷にも取り組みましたが、まだまだ可能性を感じています。今後も追求していきたいです。
また、民族映像学に関わる会社で仕事をしていることもあり、ドキュメンタリー表現にも興味があります。
まとめ、インタビュー=加藤孝司 Takashi Kato
- テラススクエアフォトエキシビションVol.36「影の語り部 黒田零」
- 住所: 千代田区神田錦町3-22 テラススクエア 1F エントランスロビー
- 会期:2026年1月26日(月)〜5月22日(金) / 8:00~20:00(最終日は19:00までとなります)
- 休館日: 土曜・日曜・祝日・年末年始、入場無料
- 主催:テラススクエア | 協賛 住友商事 | 企画 加藤孝司、三浦哲生
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