自由を求め続けてきた
精神とデザイン
2026.6.24

イタリアデザイン、そして20世紀デザインを代表するデザイナーの一人、エットレ・ソットサス(1917-2007)。彼の仕事はテーブルウェアから家具、オフィスシステム、建築にまで及ぶ。自らの思想の実践としてそれらをデザインし、その活動領域は単なるプロダクトデザインの枠を大きく超えているのはいうまでもない。

私観とはなるが、2000年前後、国内外のデザインや建築に魅了された人々にとって、ソットサスは特別な存在の一人であった。
特に1970年前後の、閉塞と解放、過剰な合理主義への懐疑、そして新たな自由への希求。そうした資本主義による大量消費社会や、それらに寄与する既存のデザインに対する異議申し立てのなかから生まれた、アンチ大量生産を掲げるラディカルな家具や空間。そして1980年代、「メンフィス」を率いながら、家具をコミュニケーションのツールや芸術の領域へと押し広げていく。ある種のユーモアを伴ったその挑発的な、しかし、軽やかな実践に、強い衝撃を受けた人も少なくなかった。

東京・京橋のアーティゾン美術館で開催されている「エットレ・ソットサス―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」(2026年10月4日まで)は、石橋財団が所蔵するソットサスの家具、セラミック、ガラス、写真、ドローイングなどからなる約100点に及ぶコレクションを軸に構成された、エットレ・ソットサスの日本国内初の本格的な回顧展である。同時に、同館における初のデザイン展でもある。

1950年代後半、アメリカミッドセンチュリーを代表するデザイナー、ショージ・ネルソンのオフィスなどでの仕事を経て、アメリカから帰国したソットサス。デザインコンサルタントに携わったオリベッティ社において、数々の革新的な製品を手がけるようになる。1960年の「テクネ3」、彫刻的な存在感を備えた1964年の「プラクシス48」、「レッテラDL」(1965)。そして、オフィス以外での使用が想定された1969年のポータブル・タイプライター「ヴァレンタイン」は、時のファッションアイテムにもなった。それらは単なる工業製品を文字通り「デザイン」することではなく、機械と人間との関係を再構築しようとする試みでもあったといえるだろう。

ソットサスがオリベッティ社にもたらしたものは、デザインが長年取り組んできた「機能」の洗練だけではない。ひとつには、高度経済成長以降の均質化されたオフィス空間へ、「人間性」を取り戻そうとする意志であった。とりわけ当時の生き生きと働く女性たちに向けられたまなざしは重要である。その思想は後年の「ラディカルデザイン」や「メンフィス」、さらには建築やオフィスシステムの設計へと連続していく。

そんなソットサスの仕事で私がとりわけ惹かれたのは、1960年代に生み出された作品群である。

その契機となったのが、1962年に大病を患う前年に訪れたインドで出会った瞑想的な思想や宗教的なオブジェクト、さらにアメリカのビートニク詩人たちとの交流、東洋文明への接近は、彼の創作に決定的な変化をもたらした。その経験を経て生まれたのが、アーティゾン美術館が現在4点所蔵する巨大な陶磁器作品「タントラ・セラミックス」(1966年前後にデザイン。展示されている作品の制作は1986年〜1995年。タントラとはインドの密教の宇宙観に由来する)をはじめとする、ヨーロッパ人からみた東洋の思想に基づく神秘的で儀式的な作品群である。これらがわれわれの「生活空間」という環境に及ぼす影響は、現代からみても計り知れないものがある。

興味深いのは、そこに合理主義や機能主義へのあからさまな批判があるというわけでもないこと。それよりも、機能性や合理性に回収されえない人間の本質ともいえる精神性への関心が見出せることだろう。ソットサスはデザインを通して、人間の営みや祈りに込められた内面性、死と再生、といった根源的な主題に触れようとしていたのだ。

この時代はまた、ソットサスがデザイナーとして、特にオリベッティ社のデザインにおいて語られることが多い。だがその存在の本質はデザイナーというよりもむしろ、芸術家、あるいは思想家に近い。イタリアにはデザイナーはおらずデザインとはアーキテクトの職能のひとつだといわれる。 とりわけこの時期の作品には、合理性や機能性の彼方にあるものへの希求が濃密に刻まれている。それは単なる造形の実験ではなく、人間とは何かを問い続けた一人の表現者の思索の痕跡だった。

そうした意味において、「タントラ・セラミックス」ともうひとつ、私は実物は初見の写真作品シリーズ「メタファー」をはじめとする1960年〜70年代の作品群はとても重要だ。 本展で図書資料としても出展されているイタリアの建築・デザイン誌「CASABELLA(カサベラ)」1973年5月号。カバーに当時のイタリアの気鋭のデザイナーや建築家、ジャーナリストたちが居並ぶ中、その頂点にキメキメのポーズをキメるソットサスが映っている。

これはアンチ・デザインの学校ともいわれた「グローバル・ツールズ」(1973年〜1975年)である。そこでは、行為における身体でのデザイン的実験や、手仕事の真の意味での革新性が実践とともに検証された。ここで行われたのは人間の内面の探求である。「作ることから作らないこと」へともとれるこの態度は、多くの物や情報が氾濫した現代において極めて示唆的であり、世界が混迷を深めるこのタイミングで開催となった本展の核心をなすものだと私はとらえた。 そこには後年のスタジオ・アルキミアやメンフィスへとつながる造形的な萌芽だけでなく、ソットサスという稀有な存在の、常に自由を求め続けてきた精神的な原風景が静かに息づいているからである。

I dedicate this text to my dear friend, Koichi Yanagimoto.

テキストと写真=加藤孝司 Text & Photo Takashi Kato

  • 「エットレ・ソットサス―魔法がはじまるとき、デザインは生まれる」
  • 会場:アーティゾン美術館
  • 会期:2026年6月23日〜2026年10月4日
  • 開館時間:10:00-18:00 金曜日は20:00まで。*入館は閉館の30分前まで
  • 休館日:月曜日(7月20日、9月21日は開館、7月21日、9月24日は休館)
  • 料金:ウェブ予約チケット 1200円、窓口販売チケット 1500円、
  • 学生無料(高校生以上要ウェブ予約)、障がい者手帳をお持ちの方と付き添いの方1名 無料(予約不要) *この料金で同時開催の「瀧口修造」展をご覧いただけます。
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