あたらしい工芸
ソウル市内から車で2時間強、田園風景と高層アパートのスカイラインをみながら南に移動すると韓国でも歴史のある温泉の町、温陽(オニャン)に着く。50年ほど前には韓国の人たちにとって新婚旅行の聖地として人気があった場所で、日本でいえば熱海や伊東のような保養地をイメージすると想像がしやすいかもしれない。
温陽は韓国中西部、忠清南道(チュンチョンナムド)の牙山市にある温泉で古くから知られた町。ソウルを訪れたらぜひ足を伸ばして訪れたいのが1978年に開館し今年で46周年を迎えた温陽民族博物館だ。車や高速バスと鉄道でも最寄りまで行くことができる。
朝鮮半島における生活にまつわる品々が2万点余り収蔵されるこの博物館。二つの大きな展示棟を中心に、ミュージアムショップやワークショップスペース、カフェに加えて、起伏のある土地に整備された庭園には歴史的な建築や遺跡、石像なども展示されている。それらを見てまわっていると時を忘れる。
今回の目的は庭園内にある亀亭(クジョン)アートセンターで行われていた企画展を見るため。韓屋を思わせる屋根を持った低層部と楕円の形が組み合わさった建築は建築家伊丹潤氏によるもの(TOP写真の建築)。国際的に知られる伊丹氏の建築を見るために海外から訪れる人も多いと聞く。
ここで行われていたのは友人のイ・ウンソクさんもアーティストの一人として参加している、韓国の伝統的な小テーブル「小盤」(ソバン)にまつわる「盤、盤、盤、なめらかでまっすぐな盤」展。
ソバンとは韓国の家庭で使われている伝統的な一人用の膳。本来の目的通りには現代の生活では使われることが少なくなりつつあるが、膳以外にも子供用の机として使われたり、近年インテリアとして人気が再燃しつつある韓国の伝統的工芸品。一辺が30センチほどのさまざまなかたちをした天板に、産地や時代によって異なる脚がつく。
本展では温陽民族博物館が所蔵する歴史的に貴重なソバンと、個人とチームによる36組が1ヶ月間のワークショップを通じ制作した新しい解釈によるソバンが展示された。
簡単に持ち運びができる大きさで、家の中や室内での移動が容易で、それがあることで即座に寛いだ空間をつくることができるソバンは、この国の人々の食文化との深い関わりから発展してきた。
そんなソバンに対して、現代の生活スタイルとの融合といった純粋に機能的な側面、あるいは象嵌や漆塗り、焼物、鋳物といった伝統的な手法を用いた工芸のあたらしいアプローチとして、そして従来のソバンに用いるものとは異なる飛躍的な素材の探求など。それぞれの作家のアプローチや手さばきが形となってあらわれた作品が展示された。新旧のソバンを背中合わせにした展示構成やキュレーションも秀逸で、広範に貴重なコレクションを持つこの博物館ならではの歴史的ソバンはどれも美しく息をのんだ。
主に長年編集の仕事に携わってきた友人のイ・ウンソクさんがつくったのは、楕円にカットされたアクリルの天板と紙による脚をもったソバン。計算された方法で折られた紙の脚は家具において時に用いられる手法だが、ソバンという小さな家具において、この方法は時にデザインが持つ過剰さとは無縁で、機能、美的な側面からも個人的に好感が持てた。
透明なアクリルはDIYが得意なウンソクさんがたびたび用いる素材だが、このような合同展において個人的な好みの発露は、その好みを知っているものにとっては微笑ましい。その個人的な知識を抜きにしてもウンソクさんのソバンは、色や形や機能性の前に、それが使われる状況を考えることから発想されているという。その点において、用から生まれる工芸のあり方として素直だし、だからこそ美しいと感じた。
伝統的なものは時として歴史のなかで忘れられる運命にある。しかし実用に適し、用の美ともいえる機能美をもったものは、それが歴史のなかで生き延びることにおいてのみ再発見されることもありうる。それは歴史においてたびたび実証されていることでもある。この旅において私は生活のなかで使われてきた道具とその新解釈を通じて、この国の文化全般についてさらに知りたいと思うようになった。
追記として、温陽民族博物館は、児童向け書籍などを長年手がけるキム・ウォンデ氏が私財を投じて蒐集したものを展示する私設博物館とのこと。訪れてみると分かるが、個人が設立したものとは到底想像ができない規模の場所である。展示されているものも扱う時代から生活の多岐の分野にわたっており、この国で暮らす人々の生活史を知る手助けになることは間違いがない。なお、伊丹潤氏の設計による亀亭アートセンターは企画展示が行われている時のみの開館とのこと。ミニマルで美しい内部空間も必見なので、開館スケジュールを確認して訪れることをお勧めします。
テキストと写真=加藤孝司 Text & Photo Takashi Kato
- 「盤、盤、盤、なめらかでまっすぐな盤」
- 会場:温陽民族博物館 Onyang Folk Museum
- 住所:忠清南道牙山市権谷洞403-1
- 会期:2024年10月1日(火)〜2024年10月24日(木)
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