ここではないどこかへ連れていってくれる歌声(後編)
2017.12.21

心地よく胸に響くあたたかな歌声、繊細なピアノの旋律。包み込むような音楽で多くの人々を魅了するコトリンゴさんの音楽。待望の新作も発表されたコトリンゴさんの声をお届けするインタヴュー後編では、歌いはじめたきっかけ、「この世界の片隅に」の音楽について、新作についてなどお話をうかがった。

歌いはじめたきっかけ

ー みなさん思っていることだと思いますが、コトリンゴさんの歌声はとても魅力的ですね。コトリンゴさんにとって、ピアノと歌というスタイルはいつごろから確立されたものなのでしょうか?

演奏はずーっとピアノだけで、歌はデビューする直前からです。大学ではジャズを勉強して、卒業してからは何をしていいか迷っていた時期がありました。それで卒業祝いに買ってもらったアップルのコンピューターを使い、打ち込み中心でデモをつくりはじめたんです。コンピュータソフトやエフェクターを使って、ピアノなどの楽器の音をデジタルでつくるのですが、声だけはデジタルではつくれないので、生の声を楽器っぽく使うというやり方をしてトラックをつくっていました。そこで感じたのは、機械でつくった音だとどこか味けなかったものが、生の声が入るだけでトラックが生き生きしてくることでした。それが楽しくて、自分の声を使ってデモをつくるようになったのが歌い始めたきっかけです。

ー コトリンゴさんの音楽はピアノはもちろん、歌い上げるわけではないのですが、声音がものすごく魅力的ですよね。

ありがとうございます。

ー 音楽でも文学でも、優れた芸術はそれに触れることで、ここではないほかのどこかに連れて行ってくれる力をもつものだと思っています。コトリンゴさんの最近の曲であれば、「たんぽぽ」という曲が僕にとってそうなのですが、冬に聴いても暖かな春に連れていってくれる曲です。曲作りをするときに、ここではないどこかを想像することはありますか?

コトリンゴさんインタヴュー

「この世界の片隅に」のサントラをつくっている時はそうでしたね。きっかけこそは私の暮らしの身近に生えていたタンポポでしたが、映画の中に描かれた風景、あの時代に生きていた人たちがおかれていた状況に、遠く思いをはせながらつくった曲です。

ー 今回OUR MUSIC FESTIVALが行われる神田錦町は、本や食の街として知られていますが、共立講堂ではその昔ハッピーエンドらの歴史的なコンサートが行われた場所だったり、実は音楽とも関係の深い街です。そんな歴史もあって今回、コトリンゴさんにもご出演いただく「OUR MUSIC FESTIVAL 2017」が行われますが、この街にどのような印象をお持ちですか?

古書店もそうですが、レコード屋さんもたくさんありますよね。それと「この世界の片隅に」のお仕事をするにあたり、当時の人々はどんなふうに音楽を聴いていたんだろうかと追体験するために蓄音機を買いました。主にはラジオだったようなのですが、たまたまいい状態の蓄音機を手に入れることができて、それで蓄音機の針を探しに神保町に来たことがありました。

ー 今回のイベントはビルの広場で開催されます。都市の広場のような場所で行われる音楽イベントは海外ではよくあると思いますが、どのような印象をお持ちですか?

ときどき街なかで演奏する機会をいただくことがあります。音と音の合間に街の喧騒がとても心地よく聴こえてきたり、このような場所で演奏することは、私はとても好きです。

コトリンゴさんインタヴュー

心を豊かにしてくれる音楽

ー 11月8日に自身のレーベルからニューアルバム「雨の箱庭」をリリースされましたが、今回自身のレーベルからリリースされた理由を教えてください。

とくに理由はないのですが、のびのびと作れれば楽しいな、と思ってつくりました。

ー 映画のサントラをきっかけに、コトリンゴさんの世界にハマった方も多いと思うのですが、新作について少し教えてください。

いろいろ考えることがあったのですが、それまでに出来ていたアイディアなどをまとめて今年の夏に一気につくったアルバムです。これまでいろいろやらせていただいたことを生かしながら、やれたらいいなと思って自由につくりました。

ー ということは短期間でつくった作品なのですか?

結果的にそうでした。ですが、最初に自分が思った以上にとても大変で、思った以上に苦戦しました。打ち込みでやるのは比較的簡単なのですが、今回は最初から生楽器を入れたいと思っていました。曲作りに加え、メインのアレンジをやったり、トランペットやサックスのホーンセクションを入れたのが今回自分的には大きなチャレンジでした。奏者の方にいろいろと教えていただきながら、アレンジ面など新しい取り組みをしています。

ー コトリンゴさんにとって音楽とはどのようなものですか?

究極的には音楽がなくても生きていくことはできます。そういった意味で音楽は、食べること、寝ること、住むことといった基本的なことが満たされてからの話だと思うのですが、それでもやっぱりなくてはならないものです。 ジャズ、クラッシック、ポピュラーミュージックなど、音楽にはさまざまなジャンルがあって、人によって好みがあるのもとても素敵です。自分にとって今は聴かない音楽も、いつか自分の中の何かが変わって、それがきっかけになり、好きになることがあるかもと思うのも好きです。 私にとって音楽は、ご飯のようでもあるし、自分が着る衣服のようでもあり、こころを豊かにしてくれるものでもあります。音楽だけでは人って生きられない、という現実もありつつも、それでもやっぱりなくてはならないものが音楽かもしれませんね。

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