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看板建築を知っていますか?
〜神田、神保町編〜

高層ビルやオフィスビル、神田エリアを貫く靖国通り沿いにはまっすぐに背の高いビルが連なっている。それでも一本裏道に入れば、ビルの谷間に背の低い建物がまだまだ残っている。そんな新旧の建物の貌を見て歩くのも、歴史あるこの街を味わうひとつの楽しみだ。
同じオフィスビルや高層ビルが連なる丸の内や新宿と神田界隈が異なるのは、そんな東京の江戸から続く歴史の面影を建物や街区といった街並みから今も感じ取ることができることだろう。

裏道を歩いていて、いまもいいなあと思ってついつい探してしまうのが、いわゆる「看板建築」。主に低層の建物の表面に、タイルや銅板、モルタルなどで意匠を凝らした建築のことだが、おもに関東大震災以降に建てられた建物に施された意匠で、店舗併用住宅に用いられたのだという。
20〜30年ほど前までは、東京の多くの街に残っていたが、街の開発ととともに今は極めて希少な存在になりつつある。

家々の表面に施された銅板は、時の経過により生じた緑青により緑がかって変色していてなんともいい味がでている。銅板には模様が施されているものも少なくなく、その表情を一層個性的なものにしている。

調べると、これは都市部に特徴的なもので、それも繁華街から少し離れた場所に建設されることが多かったようだ。僕が知っているだけでも、この神田エリア以外には、台東区の下谷や鳥越、文京区の西片、佃や月島に多く存在していて、地方都市においても、昔の街道沿いの街並みにも建物の全面を看板に見立てたこのような建築をみることができて、旅をする気分を盛り上げてくれる。

今やそのどれもが、マンションやオフィスビルなど比較的高層の建物の影に隠れて、ひっそりと存在している。

神田あたりの看板建築も、一昔まえからみるとだいぶ減少している。万世橋の交通会館前にあった見事の看板建築は5〜6年ほど前に消滅してオフィスビルになったし、この日歩いた神田駅周辺も看板建築がいくつも取り壊しになり、現存する建物に隣接する土地も更地になったり空き家のようにになっていた。

新しいものと古いもの。これは人間にも言えることだが、その両者が共存(=ensemble)してこそ、魅力と活力のある風景と街としての営みが生まれるのだろう。

写真と文=加藤孝司

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