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失われし時を求めて

あの時、500円で目の前で揚げたての天ぷらを食べられることは、少し衝撃だった。

20年以上前から古書店めぐりで神田神保町に来ているとき、締めは純喫茶か、お腹が空いていればいつも「いもや」だった。

時は江戸初期。天ぷらは屋台などで身近な素材を手早く油で揚げて食べることができる庶民の食べ物のひとつだったそうだが(江戸前というのも天ぷら呼称のひとつ)、いつしか料亭や専門店で食べる高級料理になっていった。

もちろん、家庭で天ぷらを揚げて食べることも珍しくはないが、現代では調理後の油の処理の手間もあり、家で揚げる家庭も少なくなってきたように思う。

神保町エリアに数軒あったいもやが一斉に閉店するとの情報がネットに流れたのは数ヶ月前だったと記憶している。以降、天丼、とんかつとあるいもやの店先には、あの味と雰囲気を惜しむファンで行列が途切れることがない。

店内に着席してからの、お茶、味噌汁、ご飯、天ぷらが供される一連の流れは、よどむことのないスムースさ。揚げ物屋であるにも関わらず、換気扇フードまできれいに保たれた店内。カウンター席の前でいつも心地よく背筋がのびた。

すでに天婦羅いもやの暖簾は昨年以降店先にかかることはない。そんな未来が訪れることを20年前の僕は想像しただろうか。

現代ではちょっと高級料理になってしまっていた天ぷらを、江戸前の風情を残しながら庶民のものとして取り戻してくれた「いもや」の功績は計り知れないと僕は思う。

上質ではないかもしれないけど、ちょうどいい。そんな食べ物が、いもやの天ぷらだと思う。

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